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シャルロットの一日 1

 白い部屋に白い陽。


 それで目を覚ましちゃいました。

 壁掛け時計の時刻はなんと、四時前。いつもより三時間も早いのです。おつとめを果たして、社交会に出て、マリーちゃんとクリスちゃんのお手紙を読んで、なんてやってたから疲れすぎたのかな。いつものこと、なんだけどね。

 ……流石に、もう少し寝ます。


「……」


「…………」


「……………………」


 こういう時は困っちゃいます。寝付けません。

 ……そういえば。まだお手紙、仕上げてないなー。

 枕元には筆も便箋も用意済み。あの時撮った写真も一緒。なので、暖かいお布団にくるまりながらともだちへの思いをつづることができるのです。リリには「やめよぉねぇ」って言われてますけど、快適で、つい……。それに、そろそろ王家の人も交替の日なので、書き上げてしまうにはちょうど良いのです。えへん。


「……よし!」


 さあ書こう、いま書こう。内容もちょっと被り気味になっちゃってるけど、それよりも楽しくやり取りを。聖女だから言えない事は、また会えた時のお楽しみ。私の数少ない日常にちょっとでも笑ってくれると嬉しいな。筆にインクをちょんちょん、と。半分くらい埋まった便箋に、いざ! 出陣!


 コンコン。


「はい。なんでしょうか」


 聖女になってから気が抜けたことがありません。いつ人が来るか本当にわからないし、急に魔獣を倒さなきゃいけなくなった時もありました。でも、今日は違ったようです。


「私ぃー♡」


 扉の向こうからは何とも言えない甘い声が。ほっと一安心。世話役のリリなら、私でいいや。結構いろいろ見られちゃってるし。


「はーい。今開けるねー」


 ガチャリ。

 ドアノブを回すと、そこには小さな桃色の小悪魔。

 教団の白い服も着てないから、個人的な用事みたい。リリならいつでも大歓迎! お世話してくれてるお礼分くらいは私も働かなきゃ! ……ただ、ちょっとその服は目のやり場に困るなって。


「ごめんねぇ。おこしちゃったぁ?」


「ううん。早く起きちゃってどうしようかなって思ってたとこ」


「それならよかっ……。よくはないかなぁ。ちゃんと眠れてないなら言ってねぇ? 私、そこにはくわしいからぁ」


「あはは……。大丈夫大丈夫。昨日ちょっと食べすぎちゃって……」


「もうっ。私のことぉ、もっと頼ってねぇ。胃薬くらいならずっと持ってるし、パーティだってぇ、断ろうと思えばぁ……」


「お仕事だもん。だーいじょーぶっ」


 苦手なことは苦手だけど、教団の人たちに迷惑かけたくない。一緒に戦ってくれる人も、お金も、そういう場のつながりで引っ張ってこれてるっていうのは、今までの旅路でなんとなく。私が我慢して済む問題ならそれがいい。


「……無理はしないでねぇ」


「こんなに良くされてるんだよ? しないって」


「なら、いいんだけどぉ……。とりあえず、私の用事、すませちゃうねぇ」


 リリの後ろから、突然白いもやもやしたものが……って、


「霧!? リリ、なにし、て」


「はぁい、はやく眠っちゃおうねぇ」


 あ、いしき、が






「うぅーん」


 リリは純白の壁が色に染まるような、悩ましい声を響かせた。ここは聖女シャルロットの部屋。いいや、檻と言ったほうがいいのかもしれない。ここには、シャルロットのベッドと簡素な時計、小さな窓以外何もない。つまらないことに、天井、壁、床の全てが白で構成されている。シャルロットはここでひとり食事を取り、寝て、討伐が始まるまでひたすら待機しているのだ。彼女の休息はせいぜい討伐が終わった直後くらいである。

 怪しまれないようにリリも頻繁に様子を見に来て、遊びに抜け出すことを提案したりするものの、シャルロットの生来の生真面目さ故に断られてしまっているのが現状であった。


(他の子はこんなことなかったんだけどなぁ)


 退屈さに耐えきれなくなって、あるいはリリの色香に惑わされて、さっさと街へ繰り出したのが歴代の聖女たちである。そもそも、これだって国祖と初代聖女が悪いのだ。二人の子供を隠さなければならないから聖女を徹底的に民衆から離していただけで、他の聖女に適用されるべきものではない。しかし、いまや彼女も過去の人。たちの悪いことに伝説になってしまった。『聖女とはこのようなものである』という幻想が、歴代聖女たちへ伝統を強いてしまったわけである。


「普通の女の子、だったんだけどなぁ」


 リリは嘆息する。本当に普通の女の子だった。ちょっと料理が上手で、でもお掃除は苦手で、時々抜けたところがあって。好きな子にまっすぐで、力になりたいって言える、そんな子だった。そんな子に、自分たちは喜んで力を授けてしまった。


「はぁ……」


 ため息。

 もっと普通に暮らさせてあげたかった。せっかく結ばれたんだから、王都でもどこでも静かに一家で楽しく過ごして、たくさんの思い出をつくってほしかった。

 けれど、二人とももうとっくの昔に死んでしまった。取り返しはつかない。私達がやってしまったことなのだ。


「……う……ん……おいしいね……。マリーちゃん、クリスちゃん……」


 そして、まだたくさんの人からさまざまな幸福を奪っている。今までも、これからも。本当に嫌になる。いくら破滅を回避するためでも、いくら犠牲を少数にしているとしても、それを免罪符には出来ない。このような世界にしたのは彼女たち姉妹のエゴだ。『ユートピア計画』。形だけでも人に治めさせ、人の作る最大の幸福と最大の継続性を目的とした計画。欲望を抑止し、自滅を封じるための理想手段。正しいとも、善いこととも思えない。


「……お仕事、しなくちゃ」


 すっかり気が滅入ってしまったが、やることだけはやらなければいけない。

 肝心のシャルロットは幸せそうに夢の中だ。ちょっとうらやましい。

 シャルの手首を軽く握って、目を閉じ、解析を始める。


「バイタルは正常値の範囲。脈と血圧がちょっと高いかなぁ。やっぱり眠れてないんだろぉなぁ」


 手元の紙にさらさらと結果を記入していく。


「魔力は……。大分高くなってきてる。量だけならぁ、歴代一、間違いないねぇ」


「でも、魔法は火と水だけぇ。やっぱり王剣にも限界はあるのかなぁ。機能的にはおかしくないけどぉ……」


 リリたちの基準では全く足りない。王家の助力があってようやく円滑に魔獣が倒せる程度。シャルロットは弱すぎる。


「『悪逆』との兼ね合いもあるから、聖女をやめさせてあげるわけにもいかないし……」


「とりあえず、報告書書かなきゃねぇ」


 シャルのおでこに手を当てたり、おなかを弱く押して、得られた情報を紙に書き込んでいく。この後は、文面を暗号化し、王都から来ている医者が定期的に送っている書類にこれを混ぜて、リリの仕事は終わりだ。


「はぁ」


 なんだか面倒くさかった。






 なんだか、ぼーっと目を覚ましました。ものすごく深く眠ってしまった気がします。

 壁掛け時計は……七時。いつもの時間です。

 着替えて、世話役のリリが持ってきてくれるご飯を食べて、今日も討伐です。

 聖女シャルロット、今日も頑張ります!

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