十七話 『アンネ先生の第二回魔法講座』
「なにをしているんだ。お嬢様方」
その声に、触れ合う寸前だったお嬢様二人はバッと飛び退いた。マリーは部屋の片隅へ、クリスは反対側へ行こうとしたが、リーンに手をつかまれていたのでリーンの膝へ。
「な、なんでもありませんわ!」
「あわわ……」
お嬢様二人はともに顔は赤く、クリスはその恥じらいを隠すように大きく返事をすることができた。マリーはようやく自分がしでかしたことを理解したのか、口を両手で抑えてぷるぷる震えはじめた。
「まぁ、いい」
特に気にする様子もなく、ほら、とトレーをテーブルに置いた。クッキーは色とりどりで様々な形をしており、時間がかかるのも仕方のないことだと思える出来栄えであった。
「ひとまず、茶にしようか」
どうやら待たせてしまったようだしな、とアンネは続けた。
クリスはリーンに連れられ、マリーはどうにか自分で紅茶とクッキーの置いてあるテーブルに向かった。席に座ってからも、マリーはうつむき、ぷるぷる震えたままで、クリスも赤く、話さない。
「……リーン、マリーとクリス嬢になにがあったんだ?」
アンネは聞かざるを得なかった。クリスの方はわからないが、マリーとは昨日も普段通りに楽しく話していたのだ。つまり、アンネがクッキーを焼いている間にこの状況が起こったということだが、理由が見当もつかなかった。
「あなたの、占いの結果です」
「おお! 当たっていたか!」
これで実績ができた、と喜ぶアンネ。
「しかし、そこまで意味のあることを書いたつもりはないが……。あくまで、あれは我の勘だよりであるしな。いや、さすが我というべきか」
クリスにとっては洒落になっていなかったのだが、今更突っ込む元気は今のクリスにはなかった。
ふむ、とアンネ。リーンはクリスの口にさまざまなクッキーを運ぶ。口の中が乾かぬように、紅茶で流すことも忘れない。マリーは星形のものを一つとって、ちびちび食べていた。その様子を見たアンネは、
「あまり、気にしても仕方がないのだがな」
とはっきり言うと、『その時々で変わるものだ』と続け、自分の分の紅茶をグイっと飲み干した。そして、手袋を取り出した。片面には魔法陣が書いてある。
「ほら、お嬢様方、しっかりしてくれ。今日も魔法の訓練だ」
マリー、いい加減に、とアンネが小突いた。そして、自分のカップを渡した。
「水魔法の訓練だ。前にやっただろう?」
マリーは、赤み収まらぬ顔で、はい、と消えるように小さく口にしてから、カップの上に手をかざした。目を閉じて、そのまま集中していく。
緋色の魔法陣が展開された。直後、蛇口をひねったように、魔法陣から水がカップに注がれていく。一定のペースで、機械的とすら思わせた。十分に注がれたところで、マリーは魔法陣を消した。
「このように、魔力の制御を行い、一定の出力を出せるようになることが目的だ。火魔法を使用するときに暴発でもしたら目も当てられんからな」
クリス嬢、見ていたか、と、アンネが手袋を渡した。クリスの頬もマリーと同じく赤に染まったままだったが、ひとまず手袋をつけて、空になった自分のカップに手をかざした。
「魔法を使うときは前回やった時と同じようにやればいい」
では、始めてくれ、とアンネが合図を出した。
(前と、同じように……)
目を閉じて、同じように魔力を込めるクリス。手袋の魔法陣は金色に染まり、ぴちょん、ぴちょんと水滴が出てきた。
「……全然違いますわ」
「それはそうさ、まだ慣れていないんだからな」
ぴちょん、ぴちょんと、カップに水滴が落ちていく。これでは一杯にするのには時間がかかることが明白だった。
クリスは、すー、はー、と深呼吸をした。そして、さっきのことをいったん気にしないように頭の隅に追いやってから、さらに集中を深めた。
ぴちょん、ぴちょんと、水の出る勢いは変わらなかった。
「……変わりませんわ。アンネ、どうすればいいんですの」
マリーに直接聞くのはまだ気恥ずかしかった。
「さあな。我は魔力も使えん。その辺はマリーの方が知っているよ」
ううっ、とクリスはうなった。しかし、深呼吸をしたせいか、クリスはすこし冷静になっていた。さっきのことをなるべく、なるべく奥にひそめてから、クリスは聞いた。
「マリー、うまく水魔法を使うにはどうすれ、ば……」
しかし、マリーは先ほどのように赤いままで。その顔を見るとクリスもさっきのことを否が応でも思い出してきてしまって。もう一度、お嬢様二人は赤く染まってしまった。
「ええい、またか! 気にしても仕方がないと言っておろうが!」
アンネは叫んだ。そのあと、すこし待っていろ、と部屋の外に出てしまった。もちろん、アンネが戻ってくるまで、クリス、マリー、リーンの三人は微動だにしなかった。
戻ってくると、アンネが別のカップにマリーとクリスのお茶を入れてきた。
「ハーブティーだ。これですこし落ち着け」
アンネの入れてくれたハーブティーは、ラベンダーの匂いがした。ほんのりと甘い不思議な香りがすこしずつ、お嬢様たちをリラックスさせていく。クリスとマリーは、次第に、話せる程度には落ち着いた。
「……その、クリス、ごめんなさい。あなたの悩みなのですから、規模を考えずに真剣に考えるべきでした……」
「いえ、いいんですの、マリー。わたしも、はじめから打ちあければ……」
今度は湿っぽい雰囲気になりそうだった。
「そういうことは後でやってくれ。今は訓練の時間だ。魔法を取り扱う、ということを忘れるな」
アンネは真剣に言った。魔力を変換する、という特性上、どのような魔法にも人を傷つけるだけの力があるのだ。火魔法の暴発に限らず、前回クリスに使わせた光魔法だって、極端に出力が高ければ、物を壊してしまうかもしれなかったのだ。
お嬢様二人はうなづいた。最後に、アンネがうむ、とうなづいてから、訓練は再開された。
「それで、マリー。どうすれば水がもっと勢いよく出ますの?」
ええっと、言葉にするのは難しいんですけれど、とマリーは答える。
「光魔法の時にクリスが言ってた、なにか、を広げる感覚というか、とにかく、大きくする感じです」
大きく、とクリスは口の中でつぶやいた。空になったカップに、手袋をした手をかざした。おおきく、おおきく。そうやって、クリスはもう一度集中していく。
ぴちょん、ぴちょんとしか出なかった水は、ちょろろ、に勢いを増し、その後、マリーのやったような勢いに迫った。
「やりまし……」
たわ、と続く前に、クリスは気を抜いた。瞬く間にぴちょん、ぴちょんに戻った。
「……残念でしたね……」
「もう一度! もう一度ですわ!」
はい、クリス、とマリーが空のカップをクリスに渡した。過度に赤面して言葉が交わせなくなることももうなく、お嬢様二人の魔法訓練は進んでいくのだった。
 




