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悪逆令嬢になんか絶対なりませんわ! …多分……  作者: 赤木緑
第一章 クリスお嬢様の長い七日間
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十四話 『クッキーの焼ける匂い』

 次の日。クリスが悪夢を見てから四日目の午後。クリスはアンネに呼び出され、以前魔法体験をした部屋にいた。マリーも一緒である。しかし、当のアンネはまだ来ていない。


「また、待たされるんですの?」


 失礼しちゃいますわ、とクリス。


「お菓子でも作っているのかもしれませんね」


 多分、クッキーあたりを、とマリー。


「前回は、冷めていましたものね。焼きたて、楽しみですわ」


「そうしてもらえると、アンネも喜ぶと思いますよ」


 リーンはどう思います、とマリーが話を振った。


「はい、作った側とすれば、作りたてが提供できて、目の前で喜んでいただければそれに勝る幸福はありません」


「……作っているところ、ちょっと見てみたい気持ちもしますわね」


「あはは、やめておきましょう。アンネが恥ずかしがってしまいますから」


 そうだろうか、とクリスは思った。アンネのことだ、『ふはは、ともに作ってみるか?クリス嬢』とお菓子教室が開催されそうなものだが。

 このように、アンネを待っている間の時間は穏やかに流れていくものと思われた。マリーが占いのことについて尋ねなければ。


「あ、そういえば、アンネの占い、どうでした? 健康運とかの以外で」


 いきなりマリーがクリスに尋ねた。クリスが、ぴしりと固まった。まさか、マリーがその話題を持ち出すとは思っていなかった。あの時は、あまり興味なさそうだったではありませんの、とクリスは心の中でひとりごちた。そして、そのまま動揺のあまり、


「あ、当たっていましたわ……」


 うっかり本当のことを話してしまった。『いやー、外れてましたわ! アンネも困ったものですわね!』などと言っておけば、それ以上の言及はされなかったであろうに。

 そうなんですか、とマリーは意外な表情を浮かべた。


「私のほうは、『決断は迅速に』ってよくわからなかったんですよね。決断が必要なものもあまりありませんし。ク」


 クリスはなんて書かれてました、と聞かれる前に、リーンに話を振る。


「リ、リーン! リーンのが気になりますわ! わたし!」


「リーンの場合は、『忠義は裏切られず』と」


 クリスは胸を抑えた。結果的には報いたものの、占いなしならば打ちあけずに裏切っていたかもしれない。


「クリスは……」


「リーン! ほか! 他の物を! 健康運でいいですから!」


 自分のものを言ってしまえば、なしくずしてきに秘密があることがばれてしまう、とクリスは必死だった。秘密を共有したリーンはともかく、マリーにまで告げるのは、まだ勇気が必要だった。


「『主を大事にしろ』と」


「――ッ!」


 あまり、リーンを掘り下げるとクリスの方がダメージを食らいかねなかった。というか、自分の健康運なのに主を大切にしろとはなんなのか。心の栄養とかそういうものだろうか。

 しかし、クリスには話題をそらし続けるしか道はない。マリーは、クリスとリーンは仲良しですね、とニコニコ笑っていたが、クリスへの追及をやめる気がないのは肌で感じられるからだ。


(アンネ! はやく来て、魔法の勉強を!)


 自然な流れでこの流れを断ち切れるのは、アンネしかいなかった。リーンは、マリーに対して話をそらすことはできても、そのまま移し替えることは恐らくできなかった。まず間違いなく、話が一段落した後でもう一度聞きにくるからだ。


 しかし、来る気配はない。いったい呼び出しておいて何をしているのだろうか。


「ねえ、クリス」


「マリー様。マリー様の健康運の方はいかがだったのでしょうか」


(リーン!)


 リーンがクリスの意を汲んで、マリーの質問を中断させた。できるメイドである。頼もしい。


「面白みのないものですよ。『よく食べ、よく眠る』とだけ。ねえ」


 ねえ、クリスと言われる前に。


「そ、そういうときって具体的に何食べていいかとか、どのくらい寝ればいいかとか、全然わからないから困りますわよね!」


 ねえ、ちょっと。


「その通りでございます、お嬢様。使用人一同、栄養バランスには細心の注意を払って献立を作らせていただいておりますが、偏ってしまうことも多く……」


 ……。


「栄養といえば――」


 …………。


「いいえ、お嬢様――――」


 ………………。


「やっぱり――」


 ……………………。


「そうですね――」


 …………………………。


 ・

 ・

 ・


…………………………………………………………………………………………………………。



「……――クリス?」


 クリスとリーンが会話のキャッチボールを続け、あらぬ方向に向けようとしていたその時、恐ろしい声がマリーから放たれた。いや、声音は普段のものだった。しかし、まとう雰囲気が異なっていた。齢十三で放たれるべきではないような、そんな雰囲気。底冷えするわけでもなく、ただおびえさせるためのものでもない。王の威圧、とでもいえばしっくりくるようなものだった。命令さえしてしまえば、誰にでもなんでも話させてしまうような、そんな風に感じた。


「な、なんですの……?」


 クリスとリーンは思わず会話を止めた。いつもとまるで様子の違うマリーに戦慄する。


「ねえ、クリス? 無視はやめましょう? アンネにどんなこと書かれたかはわからないけど、嘘でもいいから教えて?」


 口調が変わっていた。ここでクリスは自身の失敗を悟った。しかし、どうしていいのかわからなかった。ここで打ちあければ、すぐにマリーは元のように戻るだろう。だが、マリーがクリスの秘密を受け入れてくれるかは、まだ未知数だった。ならば、マリーの言う通り嘘を、と思ったが、クリスにはマリーをごまかせる気の利いた嘘が浮かばなかった。

 つまり、詰みだった。


(いえ、まだですわ。ここでアンネが来てさえくれれば……!)


 この場での追及は避けられるに違いない。マリーといえども、王家の務めである魔法をおいて自身の興味を優先させることはしないはず。クリスはそう思った。


 ふと、クッキー生地の焼ける良い匂いがした。アンネの登場はもうすこし後のようだった。


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