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悪逆令嬢になんか絶対なりませんわ! …多分……  作者: 赤木緑
第一章 クリスお嬢様の長い七日間
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十二話 『こうはなりませんわね』

 クリスはいつもより早く目を覚ました。安心して、深く眠ってしまったためかもしれない。


(……トイレ)


 寝起きで、まだ眠い眼をこすりながら部屋のドアに向かう。どうやら、使用人たちはもう働いているらしく、耳を澄ませるとパタパタと音がする。

 部屋から出て、トイレへと向かう途中で、リーンがほかのメイドと話している声が聞こえた。


「……――ええ、では、そのように手配しましょう」


「ありがとうございます」


「ただ、お嬢様を――」


「わかっています。リーンはお嬢様の専属メイドですから」


「なら、いいのだけれど」


 なにか、リーンが頼み事をしているようだった。まだあまり頭が働いていないクリスは、その会話を深く考えることなくトイレへと向かった。

 用を足し、自室に戻り、少し会話の内容を考えた。しかし、考えるうちにうとうとして、もう一度夢の中へ旅立ってしまったのだった。





…………リス。クリス」


 優しい声音だった。ふんわりと、そして春風のような。

 ただ、クリスが知っている人の中で、そういう話し方をする人はいなかったので、誰だろうかと不思議に思った。視線を向けると、銀の髪が視界に入った。


「クリス」


「せ、聖女さま!?」


 いるはずのない人がそこにいた。あの日に見た聖女その人だった。


「もう、何回呼んでも起きないんだから」


 ぷんぷん、と聖女はその神聖さからは考えられないほどかわいく怒った。


「ほ、本日はお日柄もよく、そ、それを象徴するかのようなく、雲一つない青空が広がっておりますが、聖女さまにお、おかれましてはどのようなご、ご用件でしょうか!?」


 クリスの目はぐるぐるだった。どうしてこんなところに、まだ覚悟が、やはりお美しいなど、それらの感情が一気に押し寄せてきた。クリスの頭では処理しきれなかった。ちなみに青空かは確認していない。


「ふふ、へんなクリス」


 聖女は可愛らしかった。


「今日は一緒に魔法のお勉強、するんでしょう?」


 言われてみれば、そんな気がした。


「そ、そうだったかもしれませんわね」


「そうだったの。ほら、一緒に」


 魔法の教書? のようなものを開き、聖女は身を寄せた。クリスはドキドキした。


(ちかい、ちかいですわ!)


「もう、逃げないのっ」


 聖女はクリスの体を抱き寄せた。


(ピャアアアアアア!?)


「つかまえた」

 ほら、お勉強、しよ?

 そうして、聖女はクリスの手を取って……。


「そこまでだ! クリス嬢!」


 巨体が降ってきた。土煙が舞った。コホコホと咳をしていると、いつの間にか、煙は晴れてきた。

 そうして、姿を現したのはなぜか半裸のアンネローゼだった。


「何をしていますの!?」


 わけがわからなかった。どうしてそんな姿なのか、どうして空から降ってきたのか。突っ込む暇はなかった。


「クリス嬢! 今日は我と【神級魔法位階 〜悪魔の呪法を添えて〜】を読む予定だったではないか!」


「なんですのそれは!?」


 アンネは禍々しい本をどこからか取り出した。複数。


「なんなんですのそれらは!?」


 聖女は舌打ちをした。


「行こう、クリス!」


「どこへ!?」


 どこって、もちろん、と聖女。


「二人きりになれる、ば〜しょ?」


 そう言うと、彼女はクリスの手を引いて走り出す。普通であれば、クリスは幸せを感じていただろう。普通であれば。アンネが、鬼の形相で後ろから追いかけてきていなければ。

 二人は走った。聖女がどのように走っても、不思議とクリスはついていけていた。いつの間にか草原を走っていた。


(ああ、こんなものでなければ……!)


 クリスはふと後ろをみた。その体躯と禍々しい気配の本が合わさって、本物の鬼が見えた気がした。クリスと聖女の前方が、小鳥が鳴きそうなほど穏やかなことを考えると、前門の天国、後門の地獄(アンネ)といったところだろう。


「クリス、もっとはやく!」


「もっとと言いましても……!」


 聖女に引っ張られている今が、クリスの最高速度だと感じた。背後の禍々しい鬼が加速した気がする。ああ、アンネを止められそうなマリーはいったいどこで何を……。


(クリス、聞こえますか、クリス……)


(マリー!)


 クリスにはマリーの声が聞こえた。周辺に気配はなかったが。


(クリス、一度止まってください。そしたら、なんとかしますから)


(本当ですのね!)


(はい、本当です)


 クリスは急ブレーキをかけた。


「わ、わ! クリス!?」


 聖女が困惑した。


「マリー、はやく!」


 パチンとどこかで指が鳴った。その途端、クリスは影に引き込まれた。


「…………う……ん……」


 次にクリスがいたのは、玉座の前だった。玉座には、マリーが座っていた。こう、女王様、って感じの格好をして。


「なにをしていますの!?」


「何をって、今日は私と遊ぶって約束したじゃないですか」


 照れながら、マリーが言った。格好に照れているなら、一刻も早く着替えるべきだろう。しかし、遊ぶとはどういう意味だっただろうか。とりあえず、手に持っている鞭と剣をどこかにおいてほしい。


「……マリー……。わたしたち、なにをして遊ぶんでしたっけ?」


「そんなの決まっているじゃないですか。クリスの、い・け・ず?」


 クリスは逃げ出そうとした。マリーが指を鳴らした。メイドに取り押さえられた。

 舌なめずりをしながら寄ってくるマリー。その頬は赤く染まっていた。


「わ、わ、たすけ」


 助けて、リーンと心の中でクリスは叫んだ。

 取り押さえていたメイドが吹っ飛んだ。


「ゴブジでしょうカ。オ嬢様」


 ところどころおかしかった。右腕に大砲のようなものがついてるし、その標準をつけるためか、左目に覆いかぶさるように透明なゴーグルのようなものがついていた。なにか大きいかばんも背負っている。


「オォォォォォォ! クリスゥ!」


 空間を割って(アンネ)が飛び出てきた。


「クリス!」


 さらに割れて、聖女が出てくる。手には、儀礼で持っていた杖が握られていた。


「クリス? 遊びましょ?」


「オ嬢様。ワタシ、イッショ」


「クリスゥ!」


「一緒にお勉強、しよ?」


「「クリス! クリス! クリス!」」


 いつのまにか、クリスの知っている人が集結していた。国王すら、クリスを連呼している。


「「クリス! クリス! クリス!」」


「やめて、やめてくださいまし!」


 合唱は止まない。


「「クリス! クリス! クリス!」」


「あー、もう!」


「みんな、みんな相手してあげますわ! だから、それを、」





 とめてくださいまし、というところで目が覚めた。口元を拭う。唾液がついていた。熟睡の証だった。

 ちょうど、コンコン、とドアがノックされた。お嬢様、とリーンがクリスを呼んだ。


「ちょ、ちょっと待ってくださいませ!」


 はい、ではちょっと、とリーンが下がった。冷静になって、ふむ、と今日の夢を考えた。


「ああはなりませんわね」


 いいですわよー、とクリスがリーンに合図する。リーンが今朝していた会話のことなど、既に頭から消え去っていた。

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