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殻の中 (11)

 むかし、むかし。マリーが生まれるより、もっと前。お母さんがマリーくらいの歳のころのお話です。

 そこはド田舎で、本当になにもないところでした。王都みたいに毎日ひとで賑わっているわけではありませんが、かといって人一人いないというほど閑散としているわけでもありません。王国にはありふれた、これといった特徴もない普通の村です。

 そんなところで女の子……昔のお母さんは部屋の窓から退屈そうに星を眺めていました。

 毎日の生活が嫌なわけではありません。優しい両親に気の合う友達、たまに届く本があれば女の子には十分でした。

 でも、ちょっとつまらないなーとは感じていたのです。

 日が昇ればまた普段通りにご飯を食べて、学校に行って、姿も知らない『王子様』について激論を繰り広げて、帰ってきてまた星を見て。その繰り返しを何年かしたら、両親の仕事を本格的に手伝ったり、普通の男の子と結婚して、子供ができて、両親がやってくれたように成長を見守って、全身しわくちゃになっていく。これがまわりの普通の人生で、女の子も今のところはその普通に漏れません。実感はありませんでしたが、このままそうなるんだろうなと漠然とした予感がありました。


「……たのしいのかな」


 こぼれた不安が静かな部屋にこだまします。

 そういう人生を送るということは、この何もない村にずっといるということです。両親を見ても、祖父母を見ても、不幸には見えませんが幸せそうにも見えません。聞けば「幸せだよ」と言ってくれますが、どうにも信じられませんでした。

 まだ十五年も生きていない女の子には、本の世界のようにきらきらと光り輝くものくらいが『幸せ』で、それ以外のものが見えていなかったのです。

 だから、お星さまに手を伸ばします。『どうか私の願い事を聞いてください。素敵な『王子様』に出会わせてください』ってね。


 さて、口ではそんなことを言っていても、お願い事を叶えるために必死で努力するとか、そういうことはしませんでした。お星さまに手を合わせるのだって、あんまり長くはやりません。すぐにあきらめて、そのまま寝てしまいます。けれど、その時は違いました。空気が澄んで気持ちよかったのか、それとも星がいつもよりきれいだったのか。理由があったのかも覚えていませんが、なんとなく夜更かしをしていました。夜空に指をあてて、あっちからこっちへ好き勝手に星座を作ったり、きれいだなとぼーっとしてみたり。星座に詳しいわけでも、星占いができるわけでもありませんでしたが、時間はあっという間に過ぎていきました。

 

「ふわぁ……」


 ですが、流石に眠気ももう限界です。お月様は空高く上り、夜が深くなったことを否応にも知らせてきます。


「……寝なきゃ」


 いつまでも夜更かしはできません。女の子には明日も学校があります。文学のことも数字のこともよくわかりませんが、行かなければ両親に学校まで引きずられてしまうでしょう。そんな姿を友達に見られたくはありません。

 そうやって今日もいつも通りにお願いをやめようとしたその時でした。


 視界の端でひとつ。知らない星がきらりと輝いたのです。


 おかしいなと思って目を凝らします。するとびっくり、そのお星さまは動いていました。

 流星のようにさっと跡だけ残して消えることも、まわりの星と同じようにじっくり傾くということもありません。存在を主張するように堂々と夜空に軌跡を残して進んでいました。

 そして、それだけではありません。お星さまは村へ近づいてくるようにも見えたのです。

 胸が跳ねました。こんなことは今までありません。

 なんだろう。隕石? 宇宙人!?

 女の子はお星さまから目が離せません。

 光が近づきます。夜空の星々から村の空に。村の空から屋根の上に。そして近くの森へ消えていくまで、女の子はずっと見つめていました。

 ほんの少しの間のはずでした。けれど、とても長い間見守っていたような気がしました。

 胸をなでます。うるさいくらいに興奮した鼓動が星は現実であると示していました。

 窓から身を乗り出して森の方を見ます。星の光の粉が舞っていました。

 唾をのみます。


「いける、かも」


 自分に言い聞かせるように、女の子はつぶやきました。





 森に入ってからすぐに女の子は後悔しました。急いで走って来たはいいものの、ランプもろうそくも持ってきていません。できることといえば猫みたいに目を細めて慎重に周囲を見渡すことだけでした。

 でも、見ているばかりでも仕方ないのでつかつか早く歩きます。

 枝が風に煽られて揺れました。ざわざわと葉っぱが嘲笑うみたいに星明かりをさえぎります。

 聞こえないフリをしてどんどん奥へ入りました。

 大丈夫、あとちょっと。

 そんな風に自分を励まして、ときどき木の根っこに躓きながら、女の子は星が降っただろう場所にたどり着きました。

 目をもっと細めます。かがんだり、背伸びしたり、まばらに入る夜空の光を頼りに慎重に探します。

 しわしわの木。乾燥した枝葉。少し湿った土にちらほら見える木の実。時折、こけやキノコ。


「ふぅ……」


 一息つきました。木の幹に体を預け、ずるずると尻もちをつきます。

 なにもありません。

 首を動かすとため息を出ました。座っているのに倒れてしまいそうでした。

 しかし、探索が無駄骨に終わっても女の子の日常はそれで終わってくれません。明日はたぶん来ます。ご飯を食べて、学校へ行って、また一日過ごさなければなりません。時間は止まってくれないのです。

 なんとか力を入れて立ち上がります。腕を上げて伸びをして、ゆっくりと空を見上げました。木々の隙間からは慰めるような星々の光が降っていました。

 帰らないと。

 浮かんだ言葉のまま、足を帰路に向けます。森といってもそこまで深くはありません。またちょっと走ればすぐに家に帰れます。非日常はそれで終わりです。きっとそうでもいいのです。

 けれど、せっかく来たのです。名残惜しくて仕方がありません。半歩進んで振り返り、一歩進んで周りを見渡し、いつまでたっても帰ろうとはしませんでした。

 そして、そのためらいがなかったなら、お母さんはここにはいないでしょう。


「……何をしている」


 呆れるような、不審がるような声とともに、殴りつけるような光が女の子を真横から襲いました。視界の端には男の子が見えました。

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