〜歓迎〜
薬法師
ウグイスのような鳴き声と眩しい朝日に照らされて、目を覚ました。
木に接していた側頭部と肩、尻が痛む。ついでに言うと首も痛い。
森からでるか。こんな野宿は懲り懲りだ。
今日は本格的に主人公君と関わっていかなくては。でないと今日もこんな寝方をしなくてはいけなくなる。
案外寝れたものではあったけどね。
ふと下を向いてみると、なにやら見慣れた人影と見慣れない人影、気色の悪いバケモノがいくつか視界に入ってきた。
どうやら薬草採取に向かうところらしい。
木の上から降りて、応戦することにした。
「よいしょっ」
主人公君達の後ろに飛び降りる。
バケモノは前方に六体のみ。
「あの...えっと...あなたは、昨日の」
突然人が空から降ってきたので、動揺しているらしい。些か言葉が詰まっているようだった。
「すみません。わざわざ僕たちのために」
「構わないよ」
「エアス、知り合いか?」
隣りにいたエアスの仲間が尋ねる。
「知り合いというか、まぁ...昨日盗賊から囲まれたときに僕を助けてくれた人です」
「そうか。それはありがとう。見知れぬ旅人よ。お礼は、この魔物を片付けたあとできっちりさせてもらおう」
バンダナをつけた男が手を出したので、こちらも手を出して握手を交わす。
その後でありがとうございますと礼をし、お互いに目の前バケモノをどう対処するかという話になった。
こういうときに役割分担をしておかないと、いざ戦ってみるとごちゃごちゃになってしまう。
なので、
「サポートは任せてくれていいですよ。目の前の的に集中してください」
と自分から名乗り出た。決して前線で戦いたくなかったからではない。今この場にいるメンバーで、僕が一番後方支援に向いていると思ったからだ。
「頼もう。後ろからの不意打ちには、くれぐれも気をつけてな」
「了解です」
エアスとバンダナの男が、バケモノのまわりに散開する。
僕はバケモノを魔術で牽制しつつ、動きを抑える。
「サンクス!旅人さん」
「ナイスです」
六体いた内の五体を僕が魔法で押さえ付け、身動きを封じた状態で残りの一体をエアスとバンダナ男に任せた。
そうして、一体づつ倒していく寸法だ。
「はっ」
「あらよっ!!」
エアスの剣とバンダナ男の戦斧が、バケモノ共をめった打ちにしていく。
「イ"ギ"ャ"ァ"ァ"ァ"オ"ォ"ォ"ォ"ォ"」
「やれやれ。何度聞いても慣れねぇな。こいつらの雄叫びはよォ」
などと言いつつ、バンダナの男は全力で両手斧を振るっていた。
「エ"グ"ゥ"ア"...ア"...」
バケモノの動きが硬直した。
なにか様子が変だ。
「カインさん...!」
「わかってらい。こいつぁ変異種だ。ちぇっ。めんどくせェ」
変異種と呼ばれたバケモノの個体は、みるみるうちに身体を巨大化させ、森の木々から頭を出すほどにまでなった。
どうやら、もとよりこちらの世界にお住まいのお二人には状況がお分かりらしい。割とよくあることのように話を進めていた。
「おいおいでけぇよ」
「その変異種とはなんなんです?」
「見ての通りです。群れのなかで一匹残されると、たまにこうして突発的に強くなる個体がいるんですよ」
なるほどね。これはちょっと、手厳しいかな。ま、やるだけやってみるさ。
「さて。退くか、抗うか。どうする?エアス」
「もちろん、抗う」
「だよな」
「旅人さんも、助力願えるか?」
「もちろんですよ」
そうこう話しているうちに、バケモノの二の腕が僕らを押し潰さんと地面に向かって突っ込んでくる。
「ふっ」
「はっ」
「よっ」
三人それぞれ別の方向へ飛んで避ける。
地面に足がつくなり、次の攻撃に備えてバケモノを見上げる。
「さて、どこから潰したものか」
「腕から落としていくのはどうだろうか」
「ダメだな。やつみたいな変異種は、腕と脳天がが最も硬い。下手に攻撃すると、こっちの武器がやられる」
なら、魔法を使えば良い。
「少し、時間を稼いでもらってもよろしいですか?」
「構わねぇよ。エアス、行くぞ!」
「はい!」
そう言って、剣、戦斧を片手にバケモノに突っ込んでいく。
さて、詠唱開始といこうか。
身の丈以上もの長さのある杖を片手に持ち、もう片方の手で祷りを捧げ、その知をもって想像する。
「燃やせよ燃やせ。地を燃やせ。其は大火の判決なり」
魔法を放った場所に、紅い閃光が走ったように見える。つよすごる
「『裁』」
古来より僕の世界において「詠唱」とは、その魔術(魔法)の、威力、精密性、範囲を高めるものとなる。
「裁」という魔術は、現在判明している火の元素の魔術の中でも、最高位の魔術である。約千五百年ほど前に、イギリスの魔術科学者によって発見された、火の上位魔術。魔術を目指す学生の大半が、まず最初に習得すべき目標である。
「ほぉ~。スゲー威力が出たな」
「ヂヂヂヂ、ヅギャ"オ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"」
先程の魔術により、激しく燃え盛る変異種のバケモノ。
下から様子を伺う僕ら。
せめて瀕死にくらいにはなっていてほしいものだ。いや、野生の獣は瀕死な時ほどよく暴れると言うが...。
「ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"」
ア"ア"ア"ア"ア"ア"案の定だった。
「おいおい嘘だろ...。野郎また一段とでかくなってやがる」
「こんなところで怖じ気づかないで下さいよ!」
「わあってらい!」
三人で畳み掛けるしかないか。流石にどこまでも膨れ上がったりしないだろうし、どこか限度かあるはずだ。
「三人全力でいくしかねぇな」
バケモノは叫び声と共に、その巨大な腕を振り下ろす。その腕は周囲に暴風を呼び起こし、僕らを吹っ飛ばした。
「ったく。ジョーダンじゃねぇよ、こりゃあよぉ。こんなの見たことあるか、エアス」
「あるわけ無いじゃないですか。あったらその時に命落としてますよっ」
「まぁまぁ、お二人とも冷静に。口喧嘩しても何が変わる訳じゃないですし。頭の熱を冷やして、じっくり相手を観察してみるというのはいかがでしょうか」
そう言われると、頭から冷水をかけられたように強ばった顔が引っ込んでいった。
「で、どうするよ」
少し間をおいたバンダナ男が切り出した。
「ありゃ森を抜けて拠点までいっちまうぞ」
「拠点?近くに仲間がいるんですか?」
「お、おう」
「なら、今すぐ呼びに行くべきです。手を借りましょう」
「無理だな。いたとしてもこの時間帯じゃ、殆んど皆お留守だろうよ」
いや、少しでも多い方が良い。今よかよっぽど状況はマシになるはずだ。
「それでも構いません」
「わかった」
すると、上を見上げていたエアスが、バンダナ男の言葉に即答する。
「もう、来てしまいましたけどね...」
「は?」
バンダナ男の間抜けな返事と同時に上空をみると、ほうきに乗った人たちが何人も来ていた。
「なんでも、こんな魔物一匹に...」
「この大きさなら、拠点からでも十分確認できるから、じゃないですか?」
「恐らく、その通りだろうね」
「なら、俺たちは退くぞ。ありゃあ軍隊長の鉄槌が下されそうだ」
バケモノを背にして、森を抜けていく。
その途中でも、バケモノの悲鳴は都度聞こえてきた。
まるでこちらがバケモノをいじめているみたいだね。
いや、構図だけとってみたら実際そうなのだけど。
森から抜ける道中、こんな質問してみた。
「今日はどれくらいの薬材が手に入ったんですか?」
「これだけだ」
と、バンダナの男は背中に背負った篭を親指で差す。
「それをこれから薬法士に届けるわけですか」
僕がなるほどなるほどと顎に手を当てていると、回りの雰囲気が急に重くなった。
何か不味いことでも言っただろうか。
それとも、この顎に手を当てるのが卑猥な動作だったりするのかな...?
「ユーリさん」
エアスが不意に口を開くやいなや、僕の名前を呼んだ。
「薬法士には当然、優れた者とそうでない者がいます。優れた薬法士の一族は裕福で、そうでない家系は皆飢えに苦しむほど貧しいんです」
「なるほど。その優れた薬法師というのが、この国でいう貴族なんだね」
「はい...。それもこれも全部、薬を高値で売りつけるアイツらのせいなんです...!」
エアスの口調が段々と怒りに変わるのが伝わってくる。
それに気が付いたのか、エアスははっとして黙りこんだ。
エアスには、人を心配する目と復讐に燃えたぎる目が映っていた。
「エアス、無理するな。これ以上いくと、お前は自責の念に駆られ過ぎる」
とバンダナ男は心配そうに言葉をかける。
「騙したようで悪いなユーリ。この薬草は俺たちが使うんだ。というより、もとから薬法師に届ける気なんざねぇ」
僕は、何を喋るかと思えば、二人の口からいきなりとんでもないことが出たものだとこの世界の情勢について興味を湧かしていたところだった。
僕もエアスを隣で黙って見守っている。
エアスの後ろにいるバンダナの男は、悔しそうな顔を浮かべた後に
「エアス、俺はこいつを勧誘することを止めはしないし、なんならグレイや隊長さんたちも恐らくは歓迎してくれるだろう。なんと言っても、うちは人員不足が常だからな。だが、そのために、この国の事を説明するためにお前が無理をする必要もない」
と言ってきた。あとは自分の判断に任せたといった感じだ。
エアスも
「分かった」
と応じる。
バンダナの男は、エアスの様子を後ろからじっくり観察している。少しでも変化があれば、無理にでも止めるだろう。
この国について話す。それが、エアスに自責の念を駆らせる。
過去によほどの後悔があるのだろうね。
自分で自分を追い詰め、傷付けるほどに。
少しすると、うつむいたままだったエアスが口を開いた。
「僕ら貧民層の人達で、反乱を企てているんです」
「それは分かっているよ」
先ほど森のバケモノ倒す際に、をほうきにのって助けに来てくれた人たちだ。
今も交戦中なのか、とうに終わらせたのかは知らないけどね。
以前、別の世界でもこの手の反乱には乗っかってきたものだが、それにしても少々展開が早い。もしかしたら、この物語は単に「反乱する」ことだけじゃ終わらなそうだね。
取り敢えず様子を見て、経過観察といこうか。
「ほぼ初対面の僕に、よかったらこの戦争に参加して欲しいというわけだ」
僕がわざといやらしい言い方をすると、申し訳なさそうに、
「そう...です。本当に見ず知らずの人にいきなりこんな事話して...ごめんなさい!全然断ってくださって構いません。ですが、せめてこの事は他言無用にして欲しいんです。どうかお願いします」
「ユーリさんもよ、そう言ってやるなって」
僕が意地の悪い言い方をするのを見て、半ば僕の勧誘に成功したと確信したらしく、彼はこう言ってのけた。
現に、このまま加わるのも悪くない、と考えている。どのみちこの物語は、このエアスを中心に回っているのだろうから。
それに、せっかくこっちの世界に来たのに、収穫が何も無いんじゃあ勿体ないし。寝床もないし。野宿やだし。
僕は少し考える素振りをしてから、返事を返した。
「別に構わないよ。僕なんかで戦力になるならね」
「本当ですか!!」
エアスは目を輝かせている。そんなに嬉しかったのか。
「ああ」
「決まりだな。改めてよろしく、ユーリ」
バンダナ男と、再び握手を交わす。
「名前をお伺いしても?」
「おっと、こりゃ悪かった。反乱軍『フィメール』大佐、カインだ。以後よろしく。それと、これからは敬語はナシでな」
「ああ。わかったよ」
「僕は...」
「分かっているよ。昨日一緒に敵に囲まれた仲じゃないか」
「それもそうですね」
なら、今度はこちらの番だ。
「ならず者の旅人、ユーリです。どうぞよろしく」
「こちらこそ。願ってもない戦力だ」
と、まぁ簡単にお互いの自己紹介を済ませる。
「それよりも、この世界の情勢について教えてくれないかい?先程から僕の興味が尽きなくてね」
「本当に酷い話ですが、それでも構いませんか?」
「いいともいいとも」
笑顔で頷く。
「ここ『メティシナーレ』は、皇帝を絶対君主とする帝国制国家です」
カインは顔に影を落とし、僕は真剣に彼の話を聞いていた。
「皇帝がいれば、貴族もいる。先程も少し話の中で触れたかもしれませんが、その貴族の殆んどが、優秀な薬法師で構成されているんです」
「いくら貴族と言えど、結局は人間さ。最初からそんなに性根が腐っていたわけではないんじゃないのかい?」
「全くもってその通りです。彼らも、はじめは僕ら貧民層にも、相場の値段で、調合した薬を売ってくれていました。しかし、メディシナーレの薬が他の国にもに売れ出すと、自分たちの利益は全部他国との貿易で賄えるのではないかと考える人も出てきたんです」
「相場を知ってる貧民よりも、血眼になって欲しがる他国さんの方が、高く買い取ってくれると。そういう訳だね」
「ええ。それからというもの、僕らの負担は更に増えました。国から徴収されるお金は増える一方で、学校に通うのにも借金をしなくてはならない状態です」
「今はどのくらいの生活を?」
「貴族の中には、隠れて僕らを支援してくれている人もいます。その人たちのおかげもあって、今は少しばかり潤っています。あとは、奴らの拠点を襲撃してお金を奪ったり、って感じですかね。武具の調達も同じです」
「よくわかったよ。長々悪かったね」
少し話しずらい内容をさせてしまったと思った。
その後、反乱軍の本拠地に着くまで、反乱軍の戦力や戦略、この世界の魔法についてなどなど、カインも混ぜて話をした。
その他には、個人的に聞いておきたかった、反乱が成功した後どうするのかといった話も。
至極当然のことだろう。「反乱が成功したらそれで終わり」ではなんの解決にもならないのだから。
エアスは、反乱が成功したら誰でも平等に薬を買うことができ、家柄にとらわれず平等かつ公平な世界を目指したいと語った。そのために、自分たちで政治を行うのだそうだ。
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そうこう話しているうちに、目的地である本拠地へ着いた。
「ここが、君たちの拠点かい?」
「ええ、反乱軍の人達はここで寝泊まりしてるんです」
反乱軍と言うには随分と立派な、木造の建物だ。
少し大きな湖の畔に大きく構えている。
建物内にはパッと見た感じ、四十代くらいのおっさんから十代くらいの若者まで、男女を問わず色々な世代の人たちが反乱軍に参加しているようだった。
辺りを見渡していると、そこへ反乱軍の中でも若そうな男が押し掛けてきた。灰色の髪で年齢的には十八、九歳といったところだろう。僕と同じくらいだ。
「どうもはじめまして」
そう僕が挨拶をすると、彼は僕の方を見るやいなや、「反乱軍に入るのか?」と尋ねてきたので、「はい」とだけ答えた。
すると、「はぁ...まただ」と言った呆れ顔で、
「足手まといは不用だ。見ず知らずのやつでも同じ意志を持った人が死ぬのは見たくねぇ。もうこりごりだ」
と言ってきた。口調こそ強いが、根は良い人みたいだ。
「入るんなら腕試しだ。俺が直々に相手をしてやる。少し広いところに移動しよう」
彼なりの選別だろう。
おそらく、敵に殺された跡をたたなくなって彼自身に何処かやるせない気持ちがあるのかもしれないね。
「グレイ、それは流石に厳しすぎるって...」
横からエアスが口を挟む。何やら不安な顔をしている。
するとグレイと呼ばれた男は僕とエアスに対して、
「大丈夫だって。心配すんなよ。何も俺を倒せって、言ってるわけじゃねぇんだ。ま、実際やってみなきゃ何も始まんねぇからな。さっさと行くぞ」
という言葉を発し、僕の肩を組んでくる。
少し馴れ馴れしいなとは感じたが、こういうノリが別に嫌いな訳ではない。
僕も言われるがまま付いて行った。
着いた場所は、森の中に一部切り開かれた所で、所々に水路程の細い川が流れている。
「さて、始めようぜ。へっへっ、あんま緊張すんなよ」
相手を挑発するような笑みを浮かべるグレイ。
これもある種の選別方法だったりするのか?
挑発に引っかかるか否かみたいな?
「緊張なんてしてないですよ。僕も存分に力を振るわせてもらうとします。僕の魔法『獄門』でね」
「獄門?んだそりゃ。俺の死体でも晒してくれんのか?確かそういう刑罰だよなぁ、獄門って」
「いえいえ。僕の魔法ですよ。獄門というのは、僕の魔法の名前でもあり、それを形容する言葉でもあるんです」
「獄門」とは僕の三つある固有魔法の一つで、その能力は多岐にわたる。
ステータスの向上から、地獄の住人の召喚まで。
あらゆるところで使える。
「よしっ。じゃあいくぞ!!ほら、ボサッとすんじゃねぇ!」
勢いに乗って、グレイが剣を振る。咄嗟に僕が受け流す。
弾かれたグレイの剣は、もう一度振り下ろされる。がしかし、弾かれた反動で少し後ろによろめいていた彼の剣は、次の動作に入り振り下ろすまでごく僅かな時間だけ遅れを取っていた。
その隙を見て僕がグレイの懐に入り刀を振るう。グレイは瞬時に剣を僕の剣の前に持ってきて受け止め、はね除ける。
そしてすかさず攻撃に転じると、こちらの攻撃が間に合わないと悟った僕は、彼の攻撃を受け止め、流す。
流された剣を元の位置に持ってくるまでの動作をしている間に、こちらはまたもや彼の懐に剣をやる。しかし、直前に防がれてしまう。
攻防共に一進一退で中々前進しない。体力だけが消耗されていく。五十回はこんなことを続けていた。
そこからさらに数度剣を交えたが、両者ともに本気を出さず相手の行動を探り中々決着がつかなかった。
グレイと僕の力は拮抗していたが、グレイの方が若干強いように感じた。
「アンタこんな強ぇんだな。正直、ビックリしたよ。まだお互い傷一つついてねぇけどな。分かるんだ。お前からは戦い慣れした強者の匂いがする。そう、俺を遥かに凌駕する強者の匂いが」
グレイがニヤける。
グレイの発言は的確だった。
この状態の獄門はただ使っただけだ。まだ何の「門」も開けていない。門を開けなければ、この魔法は単なる基本ステータス強化にとどまる。
嬉しそうに語るグレイの前で、僕は心のなかで平然と余裕をぶっこく。
さて、試合に集中しなければ。
「灰火!!」
この世界の魔法のようだ。見たところ灰を操って攻撃してくるように見える。操った灰で視界も遮ってくるというわけか。なかなか厄介だ。
「俺の魔法は灰を司る魔法、『清灰』だ。さぁ、これで俺の手の内は晒した。お前の魔法もさっさと見せやがれ!まだ何かあるんだろ?」
「では、遠慮はいらないですね」
息を整え、集中する。
「獄門『色彩』」
獄門には色々な種類があり、その一つがこの「色彩門」だ。地獄に堕ちた死者を罪の重さによって色で識別され、閻魔大王によって相応の罰が下される。それを模した、色を操る魔法。例えば、緑を選択したのであれば、緑色の何かを使った魔法を放つ。
今回僕が選択した色は...
「紫。紫水晶」
紫水晶とはその名の通り紫色の水晶で、それを手持ちの刀に覆いその刀で相手を斬る魔法。
斬り跡には、紫色の綺麗な水晶ができる。そのため、傷口も塞がりにくくなり止血ができないまま出血も止まらず、さらに傷口に出来た水晶が身体中の内蔵という内蔵を傷付ける。
名前とは裏腹に、中々エグい魔法だ。
僕はグレイの右腰から左肩にかけて斬り傷が浅くなるように斬った。
「グッ......!!ハァ......くそ!何だこりゃあ...!この水晶のせいで、傷口が塞がらねぇ...回復魔法で無理に塞ごうとすれば、水晶が欠けて体内を余計に傷付けちまう。これが手の打ちようがねぇってことか。悔しいけど、アンタの勝ちだ。アンタは戦力になる。反乱軍『フィメール』へようこそ。協力、感謝する」
尻餅を着いていたグレイは、ふらふらと立ち上がる。
「気を付けろよ。俺みたいな同士は皆歓迎ってやつは良いが、中にはお前をスパイと疑う奴も少なからずいるだろうからな」
そう言うと彼は建物の中に入ってしまった。ふぅ...と息をついた僕は、近くで僕らの戦いを見ていたエアスに、反乱軍拠点や、僕の部屋の案内を頼んだ。それから、反乱軍軍隊長に挨拶をしてから部屋に入りその日は床につく。
やけにいかつい人だったな、あの軍隊長。
軍隊長はよくありがちな五、六十代のおじさんだった。白髪にヒゲをはやしていて、いかのもいった感じがする人だ。
エアスの案内が済んだら再び執務室を訪ねよとのことだったため、自室からエアスに言われた通りの道のりをたどって執務室の前まで来る。
「反乱軍新兵ユーリ。参りました」
先ほどエアスから聞いたのだが、僕は新兵という地位に着任することになったそうだ。エアスによると、反乱軍には以下の地位があるらしい。
新入りや魔法が使えない人たちで構成され、歩兵の役割をなす反乱軍隊員の「新兵」。
いくつかの部隊に別れる新兵を取りまとめる「伍長」。
その部隊を三つ程まとめ指揮する「軍曹」と「軍曹長」。
そして、基本単独で行動する「准尉」「少尉」「中尉」「大尉」。
更にその上に「少佐」「中佐」「大佐」があって、最高冠位として「軍隊長補佐(少将)」「副軍隊長(中将)」「軍隊長(大将)」という役職が存在するらしい。
因みにエアスは...?と聞くと、中尉というそこそこ偉い地位の人だったらしい。思い返せば、すんなり僕を軍に受け入れてくれたのはエアスやカインが、割と偉い人だったからなのだろうかと思った。
そんなことを考えていると、部屋から返事が返ってきた。
「入れ」
「失礼します」
「おはようございます。軍隊長殿。今回はどういったご用件で?」
躊躇なく尋ねる。
目の前にいるだけで威圧感に圧倒されてしまいそうだ。
「軍に入って早々で申し訳ないが、入ったからには当然他の者と同じように扱わせてもらう。そこでなんだが、お前の初任務だ。ここの拠点を西に20kmほど進んだところに、城があってな。その城にいる城主を暗殺してきて欲しい。この城は今日は祝賀パーティーを開くことになっている。一人でもやれるか?」
「ええ。もちろんですとも」
やけに期待されているようだ。そうでなければ、入隊初日の新参ものに、暗殺任務なんてのは任さない。ましてや一人で挑めときた。
何を見て期待されているのだろうか。僕が何かやったのか、それともエアスが仲間を引き入れてくるのがとてもとても珍しく、そのエアスが連れてきた同士ならと期待をされているのか。それとも......。
「準備ができ次第出発したまえ。期待しているぞ。なにせお前は、あのグレイとやりあったと聞いているからな。本来なら新兵は集団行動させるところなんだか、お前は特別だ」
やはりそうきたか。
お誉めに預かれるのは光栄だが、僕としては期待のされ過ぎに思う。
「それは少しかいかぶり過ぎているのでは?」
「私の目に狂いがあるとでも?」
無言の圧。
「必ずやその期待に応えて見せます」
即答するしかなかった。
「うむ。それでいい」
その言葉を最後に、軍隊長執務室を出て自身にあてがわれた部屋へ向かった。
拠点の廊下にはランタンで明かりが照らされており、日が落ちたこの森唯一の明かりとなっている。
若干薄暗い廊下を歩き、自室へと戻る。
道中で数人の隊員とすれ違い、それぞれ挨拶を交わした。
「よろしく、新人さん」
「いえ、こちらこそ」
「頼りにしてるぜ?若いの」
「それはどうも」
こんな感じで、手を振られたり、肩に手を置かれてポンポンとされたり、背中をバンと活を入れる感じで叩かれたりと一部過激ではあったものの、快い歓迎を受けた。
しかし、たまたまそういった人達と出くわしただけで、グレイが言っていたように僕を快く思わない連中もいることにはいるのだろう。
信頼を勝ち取るのは思っているよりも難しいことだ。それも、はなから疑われた状態だと尚更。
友人や家族に対して戦闘時に背中を預けられるくらいの信頼を得るのは、時間の問題であろう。
だが、はなから自分のことを疑う連中に対して、自分を信頼してもらう事の難しさときたら比にならない。行動だって制限される。
「やれやれって感じだね」