~大森林、散策~
目を覚ますと、まず体に飛び込んできたのはあたり一面の大森林。続いて湿気の高い匂いだ。
そこは、空を見ても「緑」が見える場所だった。
そう、たった今十数回目の異世界転移をして「旅」を再開させたばかり。
要するにここは僕の故郷ではなく異世界。
僕もまだ見ぬ世界だ。
僕はいろんな物語と言う名の異世界に転移出来る。
それはこの世に存在する物語ではない架空のものだった物語。
漫画やアニメなどと同じで一つの世界、物語には一人の主人公がいる。
僕が使える魔法はいくつかあるのだけど、その一つがこの世界に存在しない小説、つまりは「物語」の中に転生(転移)できる「「物語」」という魔法さ。
どんな世界に行き着くかは使用者である僕自身にもわからないんだけどね。
その物語を、世界を、最後まで見届ける。
そしてまた違う物語(世界)に転移する。それを繰り返すのが僕の旅路。
僕の旅には当然目的がある。
一つ、この「物語」という魔法を受け継いだ者の義務であり使命である、物語(異世界)の終わりを見届けること。
二つ、これは言ってしまえば単なる人探しだけどね。
正確には、僕にこの「物語」の魔法を授けた人物を探している。
「物語」の魔法は、代々受け継がれてきた魔法だ。
誰から授かったのか、誰から受け継がれたのかも分からないが、「代々受け継がれてきた魔法」であり「物語(異世界)の終わりを見届ける義務かある」ということは分かる。
人が生まれながらにして、自身の体、手足の動かし方が分かるように。
最後三つ目。まず、大前提として僕の住む世界において魔法とは、一人一つしか所有し得ない固有のものである。そして魔法と名のつくものは魔術の上位互換である。
例えば、魔法は魔術の上位互換だし、魔法使いは魔術師の上位互換だ。
元素の魔術(応用されたものは時折、元素の魔法と呼ばれる)いわゆる「魔術」と、唯一無二である「魔法」の二種類ある。
因みに、元素の魔術(魔術)とは自然的物質を生み出すもの(水や火や風といったもの)である。
それらを踏まえた上で、話を進めていく。
前述したように、魔法とは一人一つの固有のものであったはずだ。しかし、僕はそれを複数所持している。
誰かから授けられたであろう「物語」を除いても、「獄門」、「複製」のもう二つ。
これらの事柄が知りたい。三つ目は一つ目と二つ目の理由に比べたら、二の次だけどね。
→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→
目の前の景色に色がつきはじめた。
おや...?
今度の世界は随分と穏やかそうなところだね...。
「ん?」
目線を空に向けて上を見ていたので、森の木々しか視界に映っていなかったのだが、視界を正面に戻すと何やら物騒な見た目の輩に取り囲まれていることに気付いた。
僕の旅は、まず最初に転移先の異世界の主人公と接触することから始まる。
そのはずだったのだが、その主人公はすでに背中合わせになって自分の後ろに立っているようだ。
か
「物語」の魔法の効果には、異世界(物語)に転移すると、その転移先は必ず「転移した場所から一番近くにいる人間がその物語の主人公となるような場所となる」というなんとも厄介だったりそうじゃ無かったりする、よくわからないような効果がある。
今回みたいに真後ろにいるケースもあれば、砂漠のど真ん中立たされて周りに人っ子一人いない状態にさせられたこともある。
それと言語だけれども、それもこの魔法のおかげで通じている。
文字は、振り仮名みたいな感じで書いてある文字の上に日本語が振ってあるように見えている。
「急に現れた方に申し訳ないのですが、この状況、手伝ってもらえますか?」
この世界の主人公は、どうやら十七歳前後の青年のようだ。
「あ、ああ。いいとも」
正直動揺していた。
が、戦闘に支障はきたさない。
降りかかる火の粉を払うように、目の前の敵三人の剣を一本の刀で受け止め、弾き返しざまに粉砕した。
脆い剣だ。
「教わらなかったかい?剣の脆さは、己が心の脆さだのなんたらだのと」
と言って彼らを煽り立ててみる。それでも大した効力にはならなかった。
そう。囲んでいた輩は全く持って強くなかったのだ。が、面倒な事になってしまった。
僕は基本的に、異世界人とバレると説明やらなんやらで色々と面倒だからとそのことを隠している。バレたときは、敵意がないことを最初に伝えてから、冷静に対応すればいい。そう考えているからだ。
だが今回のような現れ方だと、少々疑われても仕方ないような感じがした。
「先程は、どうもありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。とんだ災難でしたね」
そう言って誤魔化した。
しかし、彼は僕の素性について特段気にせず何も聞いてはこなかった。
完全な余談だし、今する話ではないかもしれないが一応話しておこう。
何をかというと、僕が異世界に転移する際の服装(見た目)の話さ。
基本的には青みがかった白色で白百合の柄の魔術師用ローブを着ている。
魔術師やおそらく魔法使いにとっても、ローブというのはその人を象徴するような、意外と重要なものである。そのためこだわって作る人も多いが、いくら魔術師、魔法使いといえどすることは戦闘。汚れないはずがなく、また破れたり切り刻まれたりしないはずもなかった。
ローブは決して安くはない。自分の好みに合わせるとなると尚更だ。
だから僕は自分で編んでいる。
自分が動きやすいようにサイズや生地を選んでね。
この世界の衣服に合うはずがないのに、なんなら服を見ただけで異世界人だと疑われてもおかしくないのにそうされなかったのは、案外珍しい。
普通は「お前どこから来た」などと言われ、早々に異世界人であることを明かしてしまうのだけれどね。
ならばローブなど着なければ良いのではと思うかもしれないが、先ほども述べたように僕ら魔術師にとってローブとはとても重要なものであり、これなしで戦うということは「雪月百合」としては戦っておらず、名前のない誰かとして存在するようなものなのさ。そのレベルで、ローブとは僕らの世界の魔術師にとって重要で大事なものであることを理解してほしい。
おっといけない。話が脱線しすぎてしまったね。
目の前の本題に戻ろう。
「僕はエアスといいます。あなたは......?」
すかさず僕は返答を返す。
「僕はユーリ。突然話しかけて申し訳ない。けどその申し訳ないついでに一つ、この辺りの国について少し教えては貰えないだろうか」
少年は快く教えてくれた。
僕がこの辺りの国について質問した事を不思議がってはいたが、別段気に留めていたわけでもなさそうな様子だった。
僕が冒険者か何かで、いつの間にか迷ってしまったのだと思われたのだろう。
「ここは『メディシナーレ』と言って、薬学が優れた国です。この森から薬の原料などを採取するのですが、想像を絶するような強さの魔物が山ほどいます。その魔物達を魔法を使って倒し、薬の原料を採取するのが魔法士の人達の仕事です。採取した薬は他国との貿易に使われたり、国内で使用されたりしています。国内で使用される薬は一般的に薬法士と言う、採取した薬の原料から様々な薬を作る人たちが作っています。彼らは、そうした魔法士のサポートや、市民の病の治療を仕事としてる人達です。ですが」
不意に言葉を詰まらせた。
エアスがとても浮かない顔をしているので、思わず
「その薬法士とやらに、何か問題でもあるのかい?」
と声をかけてしまった。
癖だ。人にはよくお節介だと言ってはねのけられるよ。親切心も、持ちすぎると仇となるらしい。
「何か事情があるなら聞くよ」
「いえ。大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
彼は笑顔で返事をした。が、作り笑顔だった。
恐らく僕に対して笑顔を本心からの笑顔を向けられなかったのではないだろう。「お気遣いありがとうございます」という言葉は、本心からだと感じた。
先ほど話していた、「薬法士」と呼ばれる人たちのことを考えてのことだろう。
だが、手をさしのべることはしなかった。
彼も、情けをかけられたくなかったのだろうから。
「それじゃ、僕は行くね」
「はい。森の魔物は強いですから、お気をつけて。これを持っていってください」
渡されたのは、瓶の中に入っている不思議な色の液体だ。
中には、黒や灰色といった明らかに不味いであろうものまで見える。
「ここ、メディシナーレで作られた薬です。色が濃いものほど、効果も強くなっています」
「いいのかい?」
「はい。ちょっとしたお礼です」
「では、ありがたくいただくよ」
そうして、彼とはここで別れた。
恐らく彼はここから家に帰るだろう。
それを尾行し、主人公である彼の現状を知るのが良いだろうね。
この世界についても、もう少し詳しく知りたいし。特に森の魔物の事とか。どんな魔物がいるかも知らずにダンジョン攻略をするバカはいまい。
「さて、これからどんな展開が待ち受けているのだろうか。楽しみでならないね」
そう呟き、物陰に潜みながら彼を尾行した。
彼の先頭を見て、割りと戦い慣れた感じがしたから、恐らく普通に尾行したら気付かれてしまうだろう。
なので、別の異世界で入手した、「スコープ」というものを使用してみよう。
ライフル、または銃と呼ばれる火薬を使用した武器に付属していたなんとも不思議な道具だ。これを覗けば遠くまでハッキリ見える。
正直、魔法がない世界でこれほどのものが作れるとは思わなんだ。
「よし、順調に尾行できている」
ところで、本当にどこまで言っても緑、緑、緑、緑、緑、緑だね。ここは。
リラックスはできそうだけど、ちょっと度が過ぎているような気さえする。
下手したらアマゾンの大森林さえ凌駕しかねない規模だよ。
「鳥...か。魔物だらけと聞いていたけど、鳥は生き残れるんだね」
宙を舞えるような魔物がいないと考察する。
徐々に回りの景色が鬱陶しくなってくる。鳥の鳴き声さえ、聞き飽きてしまった。
どこの世界でも、鳥って生き物の鳴き方は変わらないものなのだと、痛感させられる。
「ようやくかな」
ようやく、エアスの家らしき建物が見えた。
がしかし、一介の家にしてはデカ過ぎる。
マンションか?団地か?そのレベルだ。
エアスはその建物へ入っていった。木造の四階建てくらいの建物だ。四階建てくらいとはいっても、横幅が広すぎるせいで余計に巨大に見えるが。
「さて、今日のところはこの建物を中心として、この大森林の散策といきますか」
翌日からは、この建物が、何に使われているのか。
単なる住居なのか。だとしたらこんな森のど真ん中に切り開かれた場所がり、そこにポツンというは明らかにおかしい。
その謎を少し探ってみようと思う。もちろん気付かれないように遠くから。スコープを使って、て入りする人を観察しよう。何か分かるかもしれないし。
いっそのこと駆け込みにいくのはどうだろうかと考えたが、そうするのには早すぎだ。僕はまだこの世界の知識がほとんどない。下手に接して異世界人だということがバレては元も子もない。
とりあえず離れよう。寝床も要るだろうし。どうせ野宿だけどね。
一人が暮らせるほどの宿を作るということは、何もないところから木を作る、創造しなくてはならないということ。元素の魔術や僕の魔法ではそれはできない。
もちろん、中には「木を創造する」なんて魔法もあるかもしれないけど。
野宿なんてしたら、それこそ魔物の餌食だって?
大丈夫さ。心配はいらない。身の危険を察知したら自ずと起きるだろう。ましてや近くに魔物が接近しているのに、それに気付かずぐーすか寝るほど、僕は機器察知能力の低い人間じゃないよ。師匠の元で散々稽古したからね。
そんな余談をしつつ、目の前の木造の建物に背を向け森のなかへ足を踏み入れる。
木々の枝葉をかき分け、木漏れ日が照らす森の奥へ進む。
先日雨でも降ったのか、森の中に入れば入るほど湿気が強くなった。
こうなると野宿の大変さは激増する。火が焚けないからね。着火材に火が付きにくのさ。仮に火を焚いてもすぐに炎が枯れてしまう。魔術で何度も火をつけられるとはいえ、だ。魔物が出ると言われた森でむやみやたらに魔力を消費したくない。
魔力が無くても戦えるように剣術を学んでいるとはいえ、敵がどの程度のものか分からない以上、戦力は温存すべきだろうね。
こういったものも、旅の醍醐味の一つである。
ならば、楽しまなくては損という訳だ。
しばらく森の中を歩いていると、異様な空気を漂わせている、二本の角を生やしたバケモノがたっていた。
なんとも形容し難い見た目で、無理に言葉で表すなら「おぞましい何か」の一言に尽きる。
そのバケモノの周りだけ、森の中とは到底思え画をしている。
「あれがこの世界の魔物ねぇ」
想像を越えたエグさだった。その見た目のエグさが、僕の恐怖感を煽り立てる。
一つ、勝負を仕掛けてみようか。
「ハロー。異世界のバケモノ君。突然で申し訳ないけど、一つ小手調べをさせてもらうよ」
そうバケモノに話しかけると、手に持った刀をヤツの頭を両断する形で振り上げ、真っ直ぐ下ろした。
「ィ"ワャ"ギャ"ャ"ャ"ャ"ァ"ァ"ァ"ァ"」
バケモノは気色の悪い独特の叫び声をあげる。
と同時に、当然、目の前のバケモノは避ける。
それを予想してバケモノの後ろに高速で移動し、今度はランダムな方向に複数回斬りつける。
「メギィ、ヴェ"ァ"ァ"ァ"ァ"」
バケモノは血を流し、逃げようとする。だが、運悪くランダムに振った剣が足(と思われる部位)の腱を切っていたらしい。マトモに動けなくなっていた。
この時点で僕が下した判断は三つ。
その一、見た目に騙されないこと。案外大したことない。
その二、知能は低い。並みの動物以下。(このバケモノよりも知能が高いものも存在する可能性アリ)
その三、動きが鈍い。(二つ目と同じで、こいつより素早いものも存在する可能性アリ)
この三つだ。
取り敢えずもう少し奥まで進んでみよう。
どこまであのバケモノ達とやりあえるのか、試してみる必要があるしね。それに、この世界の主人公くんからもらった薬もあるし、多少の無茶は大丈夫だろう。毒薬じゃない保証はないけど。最悪、持参した薬を使うから問題はない。
しばらく森を進むと、ある時から急に目線を感じるようになった。僕を喰らわんとする目線。敵意剥き出しの目線。
どれも体に鋭く突き刺さる。
どうやらさっきの一体はハグレ者だったらしい。
殆ど出くわさなかったせいで、魔物がいるとはいえそこまで数はいないのかと考えていたが、とんだ思い違いだった。
僕の回りを数十体の魔物が取り囲んでいる。
中には木の陰から、その気色悪い見た目をちらつかせているヤツもいる。
ま、さっきぐらいのやつがわんさか集まったと考えればいいか。
どこからでもかかってきな。
バケモノさんや。
「ィギギギ..ウ..ウギギ、ギギ、ギギギギィィア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」
バケモノ達は奇妙な叫び声を上げて一斉に襲い掛かってきた。
動きの速度はそれぞれ違うが、僕とバケモノの距離もそう離れていないために、初手の攻撃が決まるタイミングはどいつもほぼ変わらなかった。
しっかし気色の悪い叫び声を上げるバケモノだねぇ。
僕の世界のミノタウロスの方が、まだ見た目も叫び声もマシだよ。
全方向に気を配り、感覚を研ぎ澄ませる。
ダメージを受けて一回でも怯んだら、こちらの負けだ。リンチにあって食い殺される。
こういうときは、敵を待つのが一番だ。出待ちというやつさ。
こっちからかかれば、間違いなく死角ができる。一人ずつ、チマチマ確実に減らすのがベスト。
定石道理ならね。
僕だって魔術師の端くれだ。魔術師や魔法使いといえば、広範囲の攻撃ができるものと相場が決まっているだろう?
なら、答えは一つじゃないか。
「一撃で全員叩く」
これが、僕ら魔術師におけるベストアンサーさ。
他にも、全員の動きを縛ってから各個撃破という選択しもある。
そこのところは、使用する魔術ないし魔法によって使い分ける、といった感じだね。
「さてさて。どう料理してやろうか」
決めた。剣に元素の魔術で、雷を帯電させよう。そうすれば、一人斬れば自ずと他の魔物にも飛んでいくだろう。
タスクが少なくて楽だ。効率もいい。
「連なる万雷」
この雷を帯びた武器である物体を攻撃すると、近くにあるその物体と同じ物質、あるいは生物にも雷が放電する。
今のように、包囲網を突破する際は便利だ。ただし、対ヒトの場合は注意をする必要がある。自分にも放電しかねないからね。便利に見える反面、扱いが難しい魔術でもある。
「ヨイショッ」
バケモノの左腕を思い切り横にスイングした攻撃を、身体を低くしてかわし、空いた脇腹の辺りに一撃食らわす。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"」
またもや気色の悪い悲鳴が響く。今度は雷のように、素早く連鎖的に。
その時ようやく気が付いた。
この独特な叫び声や悲鳴は、仲間を呼び寄せる物なのではないだろうかと。
「ちょっとそれはまずいかな...」
そうとなれば、あのバケモノに獣並みの嗅覚が無いことを期待してさっさと逃げ仰せなければならない。
幸い、たった今まで僕を取り囲んでいたバケモノ達は既に全滅している。
逃げるなら今だね。
木の枝をつたって逃げよ。
近くの木に登り、枝から枝へ、更に森の奥へ進んでいく。
次第に、見たことかない形の植物が姿を表し始めた。その中には様々な色に発光しているものもある。
これが、先ほど主人公君が言っていた薬草なのかな?こんなところまで採取しに来なくては行けないなんて。この世界の人達の苦労が思いやられるね。
一度立ち止まって、木の上から下を見下ろす。
僕の瞳の中には、数体のバケモノが映り込んだ。高さ数メートルの位置から地上のある一点だけを見ても数体いるということは、付近には先程までとは比にならない程のバケモノがウヨウヨしているのが容易に想像できる。
ともなれば、一人で来られるのはこのくらいまでかな。魔力が無くなると多少なりとも、行動に支障をきたすものだし。
できるだけ温存しておくのが吉だろうね。
一度引き返し、今度は寝床を探しながら木々を伝って行く。魔物に教われるのを避けるために、木の枝の上で寝ることになるだろう。
出来るだけ寝返りをうっても平気なところを探したいところだ。
主人公君の家(?)に泊めて貰えればベストなんだけどね。さすがに虫がよすぎる話だろう。
仕方なく枝に座って、頭と体を木の幹に寄りかかって寝ることにした。
翌朝、幹に触れていた側頭部と右肩への痛みによって目を覚ました。
ウグイスのような鳴き声と眩しい朝日に照らされて。
はぁ。むにゃむにゃ。