第90話
「姿勢が悪いのかもしれない」
「姿勢?」
「そう、あと腹筋」
「腹筋……」
透流さんの言葉にそういえば最近筋トレを怠っていることを思い出す。
息もれについて透流さんなりに調べてくれている。ありがたいと思いながらも音楽のことで透流さんの協力を得られるとはなんとも不思議な気分である。
夕食を取りながら面と向かってひとつのことについて話すなんて以前までは考えられなかった光景だ。
お互いが歩み寄った、と言えばいいのか自然にその形に収まったのか。とにかく透流さんと息もれについて話し合う時間は苦ではない。
その代わり、母とは気まずくなってしまった。大きな喧嘩をしたわけではない。私が柾輝くんと会っていることを知られてからなんとなく空気が重いのだ。私が勝手に後ろめたいと思っているだけかもしれない。最近は柾輝くんと連絡を取っていないので堂々としていればいいのだが、見えない壁に阻まれている。
おとうさんと透流さんと少しだけ仲よくなれたのに、今度は母と柾輝くんが遠のいてしまった。家族は難しい。私の永遠の課題かもしれない。
「あ、父さん帰ってきたよ」
「おとうさん!!」
食事の途中にも関わらず私はリビングを飛び出し、帰宅したばかりの義父に突撃した。義父は「驚いた」と言いながらもにこにこしている。
「おとうさんちょっといい?」
「はいはい」
内緒話をするように声を潜める。
「もし、私が、音楽の、ライブに出たいって言ったら、賛成してくれますか」
「うん」
「やった! ありがとう」
当たり前のように肯定する義父に礼を言う。ぴょんぴょんと玄関を跳ねていると「ライブに出たいの?」と聞かれた。私はまた小声になって説明する。
「そうなの。それでね、保護者の同意が必要なんだけど、お母さんに知られたくなくて……」
「おーいお母さん、凛夏ちゃんが音楽のライブに出たいって」
「うわー!! おとうさんの裏切り者―!」
義父の呼びかけに応え、母がこちらに向かってくる。私はさっと義父の背中に隠れるが、いつまでたっても母の怒鳴り声は聞こえてこない。
「好きにしなさい」
「え?」
それだけ言って母はキッチンに戻ってしまう。私が呆気にとられていると義父が「よかったね」と声をかけてくる。
「お母さんどうしたのかな」
「凛夏ちゃんの一言が予想以上に効いたみたいだよ」
「私の一言?」
なにか特別なことを言っただろうか? 首を傾げると義父は笑っていた。




