第9話
その後のことは焦り過ぎてほとんど覚えていない。
ただ授業終了と同時に満面の笑みを浮かべる彼を引きずるように無人の教室へと飛び込んだ。
「な、なななんて言った?」
「【linK】!!」
「なっ……!?」
ぱあーっと太陽のような笑顔を見せる転校生の彼は、先程の言葉をまた言った。
いや、落ち着け。私の名前は五十嵐凛夏。なにかの拍子で私の本名を知っただけかもしれない。
「ネットシンガーの【linK】だろ?」
やっぱりそっちの【linK】だった!
私はがくりと膝から崩れ落ちた。
なぜ彼は私を知っている?
破顔したまま私の顔を覗き込んでくる彼に、たまらず後ずさる。
「あの、俺っ――ファンです!! すごく、声が好きで! あっ曲も好きで! 俺耳がいいから声聞いてすぐに分かったんだ。あんたは【linK】だ、間違いない!」
後ずさっても後ずさっても覆いかぶさるように追いかけてくる目の前の男に私は完全に気持ちで負けてしまっていた。
「ひ、ひとちがいです」
「違わない! 絶対に【linK】だ!」
その自信満々の態度に頭を抱える。
耳がいい? それだけで私が【linK】だと分かったと言うのか。
「はい、消しゴム。落ちたよ」だけで? 本当に?
今起こっていることが信じられず、なにか言いたいのに言葉が出ない。口をぱくぱくとしているとまた手を取られる。
「あと、ここ。小指にほくろがある。【linK】と同じだ」
もはや完敗だった。配信時にほくろを気にした事なんてなかった。
消しゴムを拾ったあの一瞬、声と手を見て彼は私を見抜いたのだ。
「あ、あなたは……一体」
「俺は沢里初春。【linK】、俺と音楽ユニット組んでほしい!!」
がっしりと両肩を掴まれ、とんでもなくキラキラとした顔でとんでもないことを言われた私は、襲いくる頭痛に耐えることしかできなかった。