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君の隣で歌いたい  作者: 三ツ沢ひらく
十一、【ステイ・ウィズ・ユー】
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第89話

「なあリンカ、さっきテラスで俺の前の学校の話してたんだろ?」


 隠すことでもないかと沢里の問いに素直に頷く。


「あ、うんごめん。聞かれたくなかった?」


「いやいいんだ。前にも少し話したし。まあその続きなんだけど。俺は前の学校では親のビッグネームのせいで浮いてたんだ。教師でさえ親の顔色を伺ってたせいで、えこひいきだって言われて。親のすすめで入った芸能科の、音楽コース。そこのやつらには本当に嫌われたよ。あまりにも思うように歌えないから、そいつらから逃げてきたって言っても過言じゃない」


 やはり大変な思いをしていたのだ。沢里が私のことをおもんばかってくれたのも、自分の経験からきた行動だったのかもしれない。私は沢里の話に相槌を打ちながら、歩幅を合わせてくれるその横顔を見つめる。茜日が目に染みた。


 沢里はふと歩みを止め、私に向き直る。私も沢里をじっと見たまま続く言葉を待つ。


「だからリンカが中学時代のやつらを気にする気持ちもわかる。表舞台に立ってまた負の感情をぶつけられるのが怖いんだ。でもな、俺はそいつらにこそリンカの歌を聴かせてやりたい。リンカはそいつらに潰されてなんかない、どうしようもなく歌を愛して歌に愛されてるんだって、思い知らせてやりたい!」


「沢里……!」


 夕日を背負う沢里がどんな表情をしているのか、逆光で見えない。けれどその言葉はストレートに私の胸を打った。沢里の方が私よりも私のことを考えてくれる。いつだって沢里が明るい方へと導いてくれるのだ。


 沢里にだって不安はあるだろう、辛い思いをしてきただろう。なのに自分のことは後回しにする。そういう人間なのだ。もうとっくに理解している。


 そんな沢里のために、私も一歩踏み出したい。


「私も同じだよ、沢里。沢里の前の学校の人たちに、沢里の歌を聞いてほしい。親の名前なんかなくてもすごいんだって、分からせてやりたい。だから私、私は……」


 勢いでそこまで言って息を吸う。これからは呼吸すら沢里に頼ることになる。それでも私はやり遂げたいと思った。思わされてしまった。沢里の強い力に引っ張られて、私という存在がどんどん形を変えていく。


「私、沢里のために歌うよ。沢里が私のために歌ってくれるように」


 そんな在り方でもいいんだと思った途端、体の力が抜ける。音が私の周りを取り囲んで、音と音が繋がる。一小節、二小節とどんどん鳴り響き、鼓動がリズムを刻んでいく。


 私は歌が好きだ。誰かと合わせて歌う歌も、誰かのために歌う歌も。それを思い出させてくれたのは他の誰でもない沢里だった。


 気付くと沢里の両手が私の頬を挟んでいる。見えるようになったその表情は酷く真剣だ。


「いいのか、リンカ」


「うん、今度は私から言わせて。沢里……私と一緒に歌ってほしい!」


 沢里の目を見つめて言うと、次第に沢里の目が潤んでいく。また泣かせてしまったかと一瞬焦るが、沢里はそのままがばりと私の肩に顔を伏せた。


「うん」


 それは今まで聞いた沢里の声の中で一番小さくて、そして一番嬉しそうな声だった。


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