第82話
「も、もしかしてシンガーソングライターのsawa さん、ですか?」
「はいはい」
「親父、こっちは前に言ったクラスメイトの五十嵐さんな」
「ははん、例の息もれ娘ね」
「息もれ娘……そうです。あの、今日はよろしくお願いします。これお土産……」
「お、サンキュー! 気がきくねー」
「親父!」
手土産のアップルパイを渡すとにこにこする沢里のお父さん――sawaさんを私はまじまじと見つめてしまう。
世界的に有名なアーティスト、sawa。その幅広い音楽活動で国民的楽曲を多く生み出していて、テレビで彼の曲が流れない日はないほどだ。最近はプロデュース側に回ることが多く、数々の実力派アーティストを世に送り出している。
予想どおりとんでもない人だった。その場で棒立ちになっていると、sawaさんが顎でクイッとマイクを示す。
「じゃ始めようか」
時間が惜しいと言うようにsawaさんはそこら辺の紙束を私にまとめて手渡す。見ると誰もが知っているような童謡の楽譜だった。私は頷き急いでマイクの前に立つ。
「軽く発声から」
「はい!」
sawaさんのキーボードに合わせて声を出す。オクターブ、スタッカート、そしてブレス。「い」の口でリズムに合わせて息だけを吐く。適度な負荷がかかり肺の準備運動にもなる。sawaさんは私を注意深く見てから、うんと頷く。
「じゃあ次『さくらさくら』」
sawaさんは次に童謡の『さくらさくら』を歌うように指示する。さすがはプロのミュージシャン、そのスピーディーさに付いていくので精一杯だ。沢里は幼い頃からこんな指導を受けて育ったのかと思うと尊敬すら抱く。
キーボードに合わせ、私は楽譜どおりに主旋律を歌った。さくらさくらはゆったりとした歌いやすい曲だが、sawaさんはなぜかよりゆっくりとキーボードを弾いているように思った。




