第8話
高校二年の春という進路にも響きそうな時期に転校なんて大変だろうなと思いながら、私はぼんやりと新曲のことを考え始める。
転校生、新しい風。なんだかいいフレーズが思い付きそう。
いつも曲先行で作っているため歌詞は曲に合わせて作るが、今回は歌詞も同時に浮かんできそうだ。
予想外にいい刺激をもらえたことに私は満足し、転校生の彼の名前を聞き流していることを気にもとめず一日を過ごした。
――いや、過ごすはずだった。
一日の最後の授業ももうすぐ終わるという時。
ぽとり、足元になにかが転がった。消しゴムだ。斜め後ろから転がってきたような気がする。
私は消しゴムを拾い上げ、そのままの流れで持ち主であろう人物の机に乗せる。
「はい、消しゴム。落ちたよ」
なんでもない行動のはずだった。
よくある日常の一コマだ。相手の返事がないのはどうってことないやり取りだからだと思っていた。
その瞬間、消しゴムを拾った手を強い力で掴みあげられるまでは。
「え!?」
斜め後ろに座っていたのは、なぜか私より驚いた顔をしている転校生。
彼が斜め後ろの席にいたことすら気付いていなかった私はいきなりの出来事に硬直する。
なんで手を掴まれているの?
なんでそんなに驚いた顔をしているの?
周囲の生徒も首を傾げている。
私だってできるものなら首を傾げまくりたいし消しゴムを拾っただけだと弁明したい。
しかし体勢的にそれはつらい。しかもまだ授業中だ。
「あの、なに? 放してもらえるかな」
手を引き抜こうとするがいかんせん相手の力が強い。
消しゴムごとぎゅうっと握られる手と、全く外されない視線に私はすっかり参ってしまった。
「お前…………」
我に返ったようにようやく口を開いた彼は、驚きの表情から見る見るうちに花が咲くような表情へと変わる。
え? なに? などという私の問いは全く無視され、握られていた手はついにがっしりと両手で包み込まれてしまった。
「【linK】!!」
「え…………!?」
彼の歓喜の叫びとともに、間抜けにも授業終了のチャイムが響き渡った。