第64話
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それは秋の終わりが近づく頃だった。
所属していた中学の合唱部は全国でも強豪と名高い名門で、毎年全国合唱コンクールの大舞台に立っていることを誇りとする厳格な性質を持っていた。
地方大会を勝ち抜くことは当然であり、全国で賞を取ることだけが目標。部員たちは毎日歌に向き合い、声を重ね、コンクールに向けて真面目に取り組んでいた。
私もその中の一人で、また副部長という立場上、部員たちを厳しく指導することも多々あった。当時の部長は気が弱く、人に注意をすることを苦手としていたから余計に私が怖がられていたと思う。
部長が飴、私が鞭役になり部を目標へと導こうというのが私たち三年生の方針だった。
そんな私たちのやり方が功を奏し、無事に地方大会を勝ち抜いて全国への切符を手に入れたそんな矢先のことだった。
『俺と付き合ってほしい』
部長の言葉に私は耳を疑った。皆で全国に向けてラストスパートをかけているという時に、告白をしてくる神経が分からなかった。
今思えば全国のプレッシャーに押し潰されそうになっていて、心の支えがほしかったのかもしれない。けれど当時の私は真剣に合唱に取り組む中に恋愛ごとを持ち込むのは裏切りだとすら思った。
『ごめん……私は歌に集中したいから』
だからあなたも目の前の大会に集中してほしい。そういう意味を込めて断った。
しかし、次の練習から部長は姿を現さなくなった。顧問に退部届を提出し、学校にも来なくなってしまった。
一人抜けただけに見えても、その穴は巨大だ。三年かけて磨き上げたメンバーの声のバランスは、あっという間に崩れてしまった。
毎日毎日厳しい顧問に怒られ、部員たちは疲弊していた。さらに悪いことに、全国大会で部長だった彼と副部長の私はソロパートを歌う予定だった。
それも急な代理を立てることとなり、担当することになった二年生は急なパート変更と顧問の厳しい指導に今さらできないと涙を流していた。
恋愛沙汰はあっという間に噂になる。部内では私が彼を手酷く振ったから部を辞めたのだとまことしやかに囁かれた。
そうして次第に部員たちの私に対する視線が、悪意を持つようになった。
歌っても歌っても声がひとつにならない。ソロパートを歌うと冷たい視線が突き刺さる。
部を混乱に陥れた原因とされた私は、受け入れられない異物と化してしまったのだった。
そして迎えた全国大会。
私はソロパートで息もれを起こし、途中で歌えなくなった。
ステージを降りるや否や酸欠で救護室に担ぎ込まれ、それからのことはよく覚えていない。
ただひとつ強烈に残っているのは、部員たちの責め立てるような視線だけだった――。
賞を逃した代償は、息もれという形で私の中に残った。
責任を取るつもりで、私は部を辞めた。もう二度と、他人と声を合わせないと誓って。




