第60話
「緊張したー!」
気の抜けた声とともにくったりと椅子にもたれかかる沢里。それをぼんやりと眺める私。
自分の声と合わせたらどうなるか。沢里の出来のよさも相まって、早く確認したい気持ちが溢れてくる。
パソコン上で合わせるよりも実際に今歌えばいい話だ。それは分かっている。作り手である以上、せめてサビのハモリだけでも確認したくなってしまうのは事実だった。
不思議なことに、沢里は私に一歩踏み出させる力を持っている。
沢里とならできるかもしれないと思わせてしまう。それが危険な賭けだったとしても。
「…………サビ合わせてみる?」
なんの隔てもなくぽろりと零れ落ちた言葉に私自身驚いた。
沢里を見るとキュピーンと音が出そうなほどに大きな目を輝かせている。
「やる! やります!!」
喰い気味に迫られ引くに引けなくなってしまった。単なるひとり言だと言い訳もできない。私は今まさしく自分の意思で提案したのだ。作り手としての欲を自制できずに。
ぎゅっと眉間を揉む。柾輝くんにコーラスを頼んでいた時はなんの疑いもなく送られてくる音源を使わせてもらっていた。互いに声をよく知っていたというのもあるが、沢里の声だってもう把握はしているはずだ。
なぜこんなにも気持ちが逸るのか。自分自身のことが分からなくなってしまう。
沢里の歌と勢いに引きずられている。そうとしか思えなかった。
機嫌よくハミングする沢里を盗み見て、覚悟を決める。最悪なにかあっても、ここは自分の部屋だ。
「……じゃあ、やろうか」
私はゆっくり細く息を吐き、鍵盤に指を乗せた。




