第53話
「ああ。彼がバンドを始める前に、彼の父――つまり僕の幼馴染は亡くなってしまってね。幼馴染は売れないミュージシャンだったんだけれど、僕はそいつの弾く下手くそなギターがずっと忘れられなくて……音楽をやっていた父親と同じ道を進もうとしている彼を見ていると、思い出すんだ。まあ歌は彼の方が断然上手いんだけどね」
どこかで聞いたことのある話だ。懐かしむように宙を見る義父が思っている相手を、私はよく知っている気がする。
父は音楽が大好きだったけれど、ギターは少し下手だった。それでも何度も何度も弾くものだから、クセのある音が脳内にこびりついて離れないのだ。
ずっと忘れられない音。きっと義父と私は出会う前から同じ音を聞いていた。
「だから応援してるんですね」
「そう。そしていつか彼がメジャーデビューしたら、『僕はデビューする前からのファンだぞ』って言って回るんだ。君たちも趣味は大切にね、やりたいことを諦めてはいけないよ」
「……だってさ。よかったな、リンカ」
鼻の奥がつんとするのを誤魔化すためにカツを口いっぱいに頬張る。甘口のソースがサクサクの衣に染みて奇跡のような旨味を引き立てている。
なぜ知ろうとしなかったのだろう。私たちには会話が足りなすぎた。義父は私のことを疎んではいなかったし、むしろ同じ趣味を持っていた。
そして、同じ人のことを昔から好きな仲間だったのだ。
「透流も男だから凛夏ちゃんに殴られたってどうってことないさ。気に喰わなかったらどんどんやっちゃって構わない」
「いや、それは……」
「いいんだよ。そうやってゆっくり、家族になっていけばいいんだから」
家族になる。その難しさを私はこの一年ずっと味わってきた。変わってしまった母の顔色を伺い、透流さんと柾輝くんを比べてはため息ばかりついていた。
義父はそんな私のことをちゃんと分かっていたのだ。その上で、ゆっくりでいいと言ってくれる。大した会話もせずにいた、可愛げのかけらもない義理の娘に。
「おとうさん、多分私もそのバンド大好き」
食べ終えた串を見つめながらぽつりとそう呟く。義父は黙ってビールを飲んで微笑んでいた。
それからは三人並んで音楽の話をして過ごした。まるで家にいる時とは別人のようにはしゃぐ義父とバンドの話で盛り上がる沢里。なぜだか二人がずっと昔の父と柾輝くんと重なって、また目頭が熱くなる。
私たち本当の家族みたい。そう言ったら二人はどんな顔をするだろうか。
私はきっと、今日の串カツの味を一生忘れないだろう。




