第44話
コツーンと綺麗な音を立てて、私の手からペンが転がり落ちた。
それを拾うこともできない。
衝撃的な勘違いに思考回路が停止する。時が止まってしまったかのようにその場が静まり返った。
透流さんはあのファミレスでの光景を見て、男女の修羅場だと勘違いしてしまったのだ。
脳内は混乱を極め、なにをどう言えばいいのかさっぱり分からない。
「柾輝くんは実の兄です」と言えば、せっかく母に黙ってくれるというのに、真偽を確認されてしまうかもしれない。
憐れむような透流さんの視線を、ただただ冷や汗をかきながら受け止める。
「ふ、ふられてないです……」
限界を迎えた思考回路ではまるで強がっているようにしか聞こえない言い訳しか出てこなかった。
「別に隠さなくてもいいさ。さすがの僕も失恋した直後の女の子に説教する気にはなれないよ。でも凛夏ちゃん、むしろ振られて正解だったんじゃないか」
『正解』。その言葉の意味を理解できずに、私は固まった首を無理やり動かし透流さんを伺う。
それは妹を慰める兄の姿に見える。しかしその視線にはどこか人を馬鹿にしているような――明らかな侮蔑が含まれていた。
「あんなガラの悪そうな男、ろくなもんじゃないに決まっている。付き合うことにならなくてむしろ正解――」
透流さんの言葉はそこで途切れた。
私はこの日生まれて初めて綺麗なアッパーを繰り出し、人を黙らせることに成功したのだった。




