第39話
感情を取り戻したらしい沢里はテーピングを巻かれた私の手を見つめ、触れようとして止まる。そのさまよう指をじっと見つめていると悔しそうに俯いてしまった。
「俺のせいだ。リンカがどう思われるかちゃんと考えなかったからこうなった。本当にごめん」
「沢里……」
「もうこんなことが起きないように考えて行動する。だから……その」
「沢里のせいじゃないよ」
あの時土井ちゃんになんと言われて駆けつけてくれたのかは知らないが、怪我をしたのは私がぼんやりしていたからだ。そして地面に転がったままでいたのは考え事をしていたからだ。
「でも指が。リンカの指は特別な指なのに」
「特別?」
「曲を弾く大切な指。だからお詫びになにかしたいんだ。なんでも言ってほしい」
音楽家の命とも言える指に傷を負ったことを気にしているらしい。口惜しそうに拳を握る姿に、私は逡巡した。
気にすることはない、爪くらいすぐに治る。そう断ろうとして思い立つ。
もしも立場が逆で、私が沢里の指を傷つける一因になってしまったら?
とても気にする。かなり気にする。それこそ沢里みたいな顔をするに違いない。謝っても謝っても気が済まないかもしれない。
どうにかして私も沢里もすっきりとする方法はないだろうか。うんうん唸りながら考え、ひとつ解決法が浮かぶ。
「ねえ、弾けるよね?」
「え?」
「ピアノ。沢里の指、ピアノ弾く人の指してる」
子供の頃からピアノを弾いている人の指の形は見れば分かる。そう言うと沢里は目を丸くして頷いた。
「ああ、まあひと通りなら」
「じゃあ、弾くのかわってくれない? ずっとこのコード弾いててほしいの。いいって言うまで、お願い」
ピアノの正面を沢里に譲り、父の好きだったコードを一回奏でる。
指が痛んで休み休み合わせていた、コードに歌を乗せる作業。横でピアノを弾いてもらえるのならばかなり助かる。
便利な音楽アプリを使えば特定のコードをループ再生することなど容易いことだ。
しかし私の作曲スタイルは昔からピアノと五線譜のみのアナログだ。慣れ親しんだ方法を崩すことには抵抗があった。
それに沢里がなにかしたいというならば、重くもなく丁度いい頼みごとになるのではないか。
無茶振りとは思いつつ頼んでみると、呆気なく快諾された。




