第36話
土井ちゃんが急いで呼びに行った相手が沢里だったのだろう。当事者を連れ出してくるとはなんとも土井ちゃんらしい。
もしも沢里の登場がもう少し早かったら一体どうなっていたのか。
なぜだかそっちの方が恐ろしい展開になっていたような気がする。黙ったまま沢里から視線を外して、むしろこれでよかったのだと無理矢理自分に言い聞かせた。
「顔すりむいてる。保健室行こうよ、ね?」
「大丈夫。転んだだけ」
心配そうな土井ちゃんの手を借りて立ち上がる。その瞬間、ぴりっとした痛みが右手に走った。
あ、やばい。どきりと心臓が跳ねる。おそるおそる自分の右手を見ると、中指の爪が割れて血がにじんでいた。
「凛夏、爪が……」
最悪だ、指をやってしまうなんて。ピアノを弾くのに支障が出ることは顔を怪我するよりもショックが大きい。ため息を吐いて割れた爪を見つめる。すると同じ部分に強烈な視線を感じた。
「それ…………」
思わず体が固まった。沢里が無表情で私の手を見つめていたからだ。いや、無表情ならばまだよかった。瞬きひとつせず目を見開き、口を引き結んでいる。色々な感情が混ぜこぜになり処理落ちしてしまったような、はっきり言って恐ろしい表情だ。
私は息を飲み右手を後ろに隠した。
「だ、大丈夫だから」
「誰にやられた?」
「し、知らない人」
「………………」
反応がないのがさらに恐ろしい。
とにかく昼休みが終わる前にと土井ちゃんに引きずられて保健室に行くことになった。




