第30話
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「補導されたらどうすんだこの不良娘」
「保護者同伴だから平気でしょ」
「母さんに叱られるぞ」
駅近のファミレスでハンバーグを崩す手を止めた。
ジンジャーエール片手に柾輝くんは他人事のように母の話題に触れる。
実の父が死んでからの一定期間、柾輝くんと母の仲は険悪だった。進路のことで揉めに揉め、二人は毎日言い争いをしていた気がする。
その頃の柾輝くんには相談事なんてとてもできる雰囲気ではなかったけれど、今ではすっかり頼りっぱなしだ。
「久しぶりに他人と歌った」
ぽつりとそうこぼすと柾輝くんは目を丸くする。
「それは――また、珍しいこった」
「ただの発声練習だけど。ほら、【linK】のことがバレた転校生とね。成り行きで。彼結構歌えるみたいでさ。……でもダメだった。私が止まっちゃった。私はまだ人と一緒に歌えないみたい」
水の入ったグラスを握りしめる。ゆらゆらと動く水面に映るのは無表情の私。
「一歩前進、だな」
「え?」
「誰とも歌おうとしなかったお前が、気紛れでも声を合わせようとしたんだ。――歌えなくなってた頃を考えれば、前進だろ?」
「それはまあ、そうだけど」
「俺はな、凛夏」柾輝くんはジンジャーエールを飲み干してから口を開く。
「あの頃のお前の力になれなかったこと後悔してる」
「柾輝く、」
「あの頃の俺は母さんといがみ合ってばかりいて、お前が歌えなくなってることにも気付かなかった。……だから今、お前が前に進もうとしているならいくらでも背中を押すつもりだ」
それは柾輝くんなりの罪滅ぼしのつもりだろうか。そもそも柾輝くんが気に病む必要はないというのに。それでも胸の辺りが熱くなってくる。
「柾輝くんは私をやる気にさせる天才だね」
「分かったなら音楽から逃げるなよ」
「うん」
私はいい方向に向かっているのだと、柾輝くんと話すと実感する。ほっとしたのも束の間、私は重要なことを言い忘れていることに気付き、いそいそと鞄から楽譜を取り出してテーブルに乗せた。
「これ今作ってる新曲なんだけど」
「おう」
「今回もコーラスお願いできる?」
【linK】の動画は基本的に私の歌声を使っているが、曲感や雰囲気に合わせてバックコーラスに男声を入れることがある。その時はこうして柾輝くんにお願いしているのだ。
しかしいつもならばぶつくさ言いつつも受けてくれるのに、なぜか柾輝くんは黙っている。




