第26話
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「強引すぎるって言われない?」
ピアノの準備をしながら練習室の隅に立つ沢里に問いかける。
「言われたことないなあ」
「ああそう……」
周りからの人気ぶりを考えると、無茶苦茶が許される環境で生きてきたのだろう。にこにこしていれば人生なんとかなるなんて、得なキャラクターだ。そんな憶測をされているとも知らず、沢里はニカっと白い歯を覗かせて笑う。
「まあ、こんなに必死になるのはリンカに対してだけだから」
「はあ……」
それは、できればやめてほしい。と言っても恐らくやめてはくれないのだろう。その必死さは向けられる方も体力が削られるのだ。突っ込む気にもなれず私は黙ってピアノ椅子に腰かけた。
まずは指練習のためにハノンを弾く。指の感覚を確かめながら鍵盤をなぞる。これはピアノを弾くためのウォーミングアップのようなものだ。しかしその時点ですでに沢里がソワソワしていることに気付いてしまった。
目の前のご飯に「待て」をされているように落ち着かない視線に、私は指を止めてため息をつく。
「なに? 気になるんだけど」
「あ、ごめん。そういや最近歌ってなかったなと思ったらつい」
そう言って部屋の隅で縮こまる沢里。私はその姿に見覚えがあった。
歌いたくても歌えない、昔の自分の姿によく似ている。
「……じゃあ、歌ってみる?」
「え?」
「はいオクターブから」
こんな提案はただの気紛れだ。ただ、歌いたいというその気持ちはよく分かる。
私はピアノを弾きながら、ドレミファソファミレドを「A」で歌い、一音ずつ上げていった。基本的な発声練習。それを繰り返し、喉を温める。
少しして私の声に沢里の声が遠慮がちに重なった。




