第25話
うちの高校にはピアノの練習部屋がある。以前に音楽科があった名残らしく、生徒は誰でも使うことができる。本当にピアノを弾くためだけの部屋で、ピアノ一台と人が二人入れるかのスペースしかないが、私にはそれで十分だ。
「今日駅ナカのパンケーキ食べて帰らない?」
「あっごめん、今日はちょっとピアノ弾いてから帰ろうと思ってて。また今度」
「そっか。凛夏ピアノ好きだもんね、りょーかい!」
「ピアノ!?」
そんな土井ちゃんとの会話にピクリと耳を立てたのはゴールデンレトリバーのゾンビ。
急にキラキラとした目で見下ろされ、私はたまらず反り返ってしまう。
「見学させてください!」
「い、いや練習室狭いから無理」
「大人しくしてます! 静かにしてます! いい子にしてます!」
「ええ……」
勢いよく迫りくるその姿は散歩に連れて行ってほしい犬にしか見えない。土井ちゃんすら若干引いているのが分かる。
沢里が断っても断ってもめげない習性を持つことはすでに理解済みだ。こうなったら私のOKが出るまでこの場で粘り続けるに違いない。
――適当に弾いているところを少し見せれば満足して帰るかも。
それになにより、このままこの不毛な戦いに土井ちゃんを付き合わせるのも悪い。
「分かった。少し、すこーしだけなら」
「やったーーー!!」
「ゴールデンレトリバーのゾンビって意味がなんとなく分かったわ」土井ちゃんはそう言って私の肩を叩き帰って行った。
新曲の完成がまた遠のきそうだ。そのことを心の中で土井ちゃんに謝りながら、沢里と並んでピアノの練習室に向かうのだった。




