109話
今日もまたアラームが鳴る前に目を覚ますと、カーテンの隙間から夜明け色がもれて、部屋を薄く照らしていた。
ベッドから降りてカーテンを開けると雲ひとつない空が広がっている。
七月一週目の土曜日。心穏やかにライブ本番の朝を迎えた。スマホのアラームを消し、平日と同じように制服に着替えて部屋を出る。
私たちは高校生ゲストという名目で呼ばれているため、ステージでも制服を着用する。
着慣れているという点では安心感があるし、校章さえ外してしまえば白地に紺のセーラー服というありふれた格好になるので学校の特定もされにくいだろう。
もちろん腰に土井ちゃんからもらったお守りを下げるのを忘れない。
家族はまだ寝ている時間だ。朝一番のリハーサルの時間を考えて、今のうちに適当にトーストでも食べておこう。
食べた直後に歌うと上手く声が乗らないことがあるのだ。
音を立てないように階段を下りると、ふわりとみそ汁のいい香りが漂ってきた。
夜が明けたばかりなのに、キッチンの明かりがついている。
そっとキッチンへと続く扉を開けると、そこにはエプロンを着た母が背を向けて料理をしている姿があった。
「おはよう」
戸惑いつつあいさつをすると、母は首だけ振り返り朝食が並ぶダイニングテーブルを顎で示した。
「おはよう、今日早いんでしょう。ちゃんと朝ごはん食べて行きなさい」
「あ、ありがとう……」
促されるままに席に着き、いただきますを言って目玉焼きに箸を入れる。
母が食器を洗う音だけが響くのが虚しくて、私は思わず呟いていた。
「今日来てくれる?」
「……ええ」
それを聞いて満足した私は、ご飯をかきこんで食器を下げる。例え母がどんな気持ちだろうと、見に来てくれることに意味があるのだと信じたいのだ。
「ごちそうさま!」
「もう行くの?」
「準備したらすぐに出るよ」
これから沢里の家に行って、sawaさんの車に乗せてもらい会場へ移動する。それから本番までは忙しくなるだろう。
「あなたたち二人は、きっとどうしてもそうなんでしょうね」
母のこぼした言葉に首を傾げる。
二人とはどの二人のことだろう。
急にライブに出ると言い出した私と沢里のことかもしれないし、音楽から逃れられない私と柾輝くんのことのようにも聞こえる。
最近母はピアノを弾いていても文句を言わなくなった。
物言いにも以前のような棘がない気がする。
今日もライブに行く私のために早起きをしてご飯を用意してくれていた。
私が沢里のおかげで変われたように、母も少しずつ変わっているのかもしれない。
「いってらっしゃい」
穏やかな朝。思わぬ母の後押しを受けて、私は出発する。
「いってきます」
きっと今日は私の人生で一番あつい日になるだろう。
すでに太陽が待ちきれないとでも言うように輝き始めていた。




