表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

つちのこうやのラブコメ (それぞれ別々にお読みいただけます)

色々疲れている僕と初恋の児童館のお姉さんが一緒に帰る話

学校は疲れる。


 まず、朝教室に入ってから授業が始まるまでも疲れる。


 宿題が終わってないと朝急いでやらないといけないから疲れるし、ひまだったとしても、人とうまく話すのも疲れる。さらに、ぼっちでいるのも割と疲れる。


 でも、まだいいそれは。普通の日常生活を送るうえでついてくることという感じがする。


 問題は、部活だ。


 いちいち細かいところに厳しい顧問と先輩。それに、わざわざ外部から呼んでるコーチも厳しい。


 コーチなんて呼ぶから部費が高くなるんだよな。




 そう、僕はとにかく、無駄に厳しい部活……野球部が嫌いだった。


 どうせベンチだし、やめても誰も困らない。


 しかし、ほんの少し、辞めたくないという気持ちがあって、そのせいで奇跡的に今日までちゃんと部活に参加している。


 といっても部活が嫌いなことは数行前に述べた通りなので、僕は、部活終了後、帰宅部エース並みの速さで校門をくぐっていた。


 ほかの人はだらだら荷物をまとめている。まあ、部活中てきぱきしてなきゃいけないから、そうする人たちの気持ちもわかるけど。


 でも、やはり僕は帰宅を優先したい。




 僕はそういうわけで、一人で圧倒的早歩きで学校の前の坂を下っていた。


 今日はいつもよりも遅くなってしまった。


 スマホをなくしたせいだ。結局ロッカーに落としてただけだったけど。


 と、今日の失態を振りかえっていると、


「あ、もしかして、ゆうきくん?」


 後ろから声をかけられた。


 振り返ると、なんか懐かしくなって。だから名前だってすぐに思い出せた。


「梨田さんじゃないですか」


 圧倒的早歩きを思わず止めてしまうほどの圧倒的なつかしさと包容力。


 この雰囲気、そのまんまだ。


 僕が毎日行っていた、児童館の先生である梨田さんのまんま。




 今は夜七時半だ。


 ちょうど、梨田さんが児童館を閉めて返る時刻と同じだったのかもしれない。


「私より、背高いね」


「あ、はい……」


 身長165cmは野球部で頑張りたい人間には少し物足りないけど。


 まあ、小学生の時よりは伸びたかな。


「部活帰り?」


「あ、はい……」


 おんなじ返事。流石凡打王という感じの何の変哲もない打ち返しだった。


「もしかして、疲れてる?」


「疲れてますね……」


 即答してしまった。


 なんでだかわかんないけど。梨田さんには全部話したくなる。というか聞いてもらいたくなる。


 だから、僕は、以下に部活が嫌かについて、ぐちぐち話してしまった。


 いちいち愚痴る高校生。


 正直騒がしい小学生よりもうざいと思うが、それでも、梨田さんはうなずいて聞いてくれた。


「すごい厳しいんだね……」


「そうですね……」


「でも頑張ってて偉いねゆうきくんは」


「な、なで……」


 僕は思わず、一歩後ろに行こうとした。


 梨田さんがぼくの頭をなで始めたからだ。


 だけど、行こうとしたとき、僕と梨田さんは目が合った。


 そう、暗い中あまりお互いの顔が見えなかったということもあり、僕はこの時初めて梨田さんの顔を久しぶりに見た。


 めっちゃ若返っていた。


 というか、僕が小学生の頃の梨田さんのまんまじゃん。


 すごいな。相変わらず20歳くらいに見える……じゃなかった。


 もっと若く見える。


 つまり梨田さんは梨田さんでも、僕がお世話になった児童館の先生の梨田さんの、娘の梨田さんだった。




 ⭐︎   ⭐︎   ⭐︎




 小学生の頃、僕は児童館に閉まるまでいるのが日課だった。


 親が仕事で遅く、友達はいなかったので、公園や友達の家で遊ぶということもなかった。


 だから僕は、児童館で宿題をやって、本を読んで、そして昼寝をしていた。保育園児みたいだ。




 そして、僕のように閉まる直前までいる人なんて、ほかにはいなかった。


 だから昼寝から目覚めるとたいてい、大きな部屋の低いテーブルに、僕は一人でいるのだった。


 しかしそんなある日、目が覚めると、目の前に人が座っていた。


 梨田さんではなかった。


 でも梨田さんに顔は似ている。


「あ、起きた。寝起きの顔可愛いね」


「寝起きの顔とは……」


「今の顔だけど」


「なるほど。見えないけど」


「じゃあ私の言葉を信用してよ」


 なんかこの人面白い。


 そう、これが、僕と「児童館のお姉さん」との最初の会話だった。




 ⭐︎   ⭐︎   ⭐︎




「ときどき遊んだり話したりしたよね」


「そうですね」


 僕はそう返して、バットを肩にかけなおした。


「へー、野球少年になったんだ。もう少年ではないか」


「まあ……」


「どうして、野球を始めたの?」


 そう訊かれて、僕はびくっとした。




 野球を始めたきっかけの人に、訊かれたからだ。


 梨田さんは野球観戦が趣味で、よく野球の話をしてくれた。


 プロ野球の話だけじゃなくて、いかに野球が奥が深くて、面白いか。


 そういう話も含めた、たくさんの話をしてくれた。


 そんな、梨田さんと児童館に通わなくなっても話せる関係でいたいと思った。


 どうしてかと言われると、それはもしかしたら、単に梨田さんに恋をしていたのかもしれない。




 とにかく、僕は中学に入って、野球部に所属した。


 梨田さんは同じ中学の中三のはずだったけど、見当たらなかった。


 そう、梨田さんは、転校してしまっていたのだ。


 でも、梨田さんからたくさん野球の面白い話を聞いていたこともあり、野球が楽しかったので僕は続けた。


 高校に入っても同じつもりだった。


 しかし、高校の野球部は予想以上に厳しくて、疲れ切ってしまっているのはすでに言った通り。 




「梨田さんから野球の話をたくさん聞いたのがきっかけで……」


 少し間が空いてしまったけど、僕はそう答えた。


「そうなの? 嬉しい……! ちょっとそうかなって思ってたよ」


 梨田さんは純粋に喜んで、僕の隣を歩いている。


 なんとなく、不思議な感覚だ。


 まさか、僕はずっと、梨田さんに恋をしっぱなしだっというのか。


「今日、ゆうきくんに会えてよかったなあ。久々に実家に戻ったらお母さんが手伝えっていうからいやいや児童館に行ったんだけど。そのおかげで会えたんだもんね」


「はい……一人暮らしをしてるんですか?」


「そう。音楽系の学校に通ってるの。あ、そうだ! ゆうきくんのなんか応援歌作ってあげよっか? 元ある曲編曲してもいいし、新しく作ってもいいし」


「あ……それは、嬉しいんですけど……」


 我が野球部で応援歌がちゃんと流れるのはスタメンプラス数人だ。


 あとの人は共通の応援歌である。


 僕は突然、現在は共通の応援歌しか持つ権利がない。


 そう説明すると、


「じゃあもっと頑張んなきゃねっ」


 背中をえいっとたたかれた。


「じゃあ、応援歌つくれるようになったら連絡してよ、あ、連絡先交換しよう」


「は、はい、是非お願いします」


 こうして、僕はおそらく初恋の児童館のお姉さんと再会して、野球のモチベーションが無限倍になってしまったのである。










 次の日。


「おい、なんかゆうきやる気ありすぎじゃね?」


 普通にノック受けてるだけなのに部活仲間にそう言われてしまった。


 自分でも呆れるほどの単純さ。


 ノックからバッティング練習に移るためにボール拾いをしながら、僕はそう思った。




「なんかやる気に満ちた構えだな」 


 先輩がそう言うけど、ほんとですかね……。自分では意識してないのに。やはり本当に僕は単純な人だったようだ。


 そんな単純な人は変化球によく引っかかる。


 というわけで、僕は思いっきり、フォークにつられて空振った。


 空振ったのに、不思議と気分はさわやかだった。

お読みいただきありがとうございます。

他にも短めから長めの話を書いているのでもしよろしければ読んでください!シリーズページから飛べます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ