灰狼
ユリスとフィアナはキャラバンに戻りそこにいたコボルトと対峙していた。
「クソ、どこだ…」
フィアナは3番目につけられた倉庫になっている馬車の中であちこちと探し、中を散らかす。
「これでもない…これもー必要なし」
ぽいっポイと後ろに物を投げ捨てながらガチャガチャ音をたて探す。
「フィアナ?あとどれくらい?…」
ユリスは外で十体ほどのコボルトに囲まれ、近づく相手に剣を向ける事で間合いを保っていた。
ユリスとコボルト達の間で、張り詰めた空気が充満しているのを感じ汗がにじむ。
コボルト達はジリジリと距離を縮め始め、ユリスは再び剣を一匹一匹のコボルトにそれぞれ向け威圧した。
この数の差での戦闘をユリスはした事が無かった。
おまけにすべてのコボルトは目を血走らせ興奮し、今にも何かの拍子に、はちきれて襲ってきてもおかしくない。
ユリスはあまりの緊張と恐怖に耐えられなくなった。
「急いでフィアナ‼」
そう叫ぶと同時にプレッシャーで痺れを切らしたユリスが走り、一番近くにいたコボルトに斬りかかった。
見事にその一撃は的中し、一匹のコボルトはよろめき崩れた、しかし横から短剣が頬を横にかすめた。
別のコボルトがユリスの隙を突き攻撃してきたのだ。
ユリスはすぐさま、飛び出した位置まで下がり剣を再び構えた。
頬に熱い水が流れている感覚が伝わってくる。
ユリスはそれを拭おうと手の甲で拭き取りそれを見る。
すると手の甲が赤くなっており鉄の匂いが強くなったのをユリスは感じた。
コボルトの短剣を見ると血が滴っている、どうやら少しかすってしまったらしい。
コボルトは短剣についた血を舐めとりゲタゲタと笑い声を上げユリスを見ている。
ユリスは自分の心臓がバクバクと音を立てている事にも気づかず、ただ目の前の現状に意識が張り詰めていた。
このまま戦えば死ぬかもしれない。
でもやれそうな気もする。ユリスの中にアドレナリンか闘争本能のせいか理由は分からないがそんな気持ちが徐々に広がっていった。
頭がぼーとして目眩がするのを感じる。
それを振り払うためにふうっと息を吐き深く吸って叫んだ
「行くよ‼」
ユリスは先程の仕返しにとばかりに先程のコボルトの喉元を切り裂いた。 そして再び同じ過ちを繰り返さないように周りのコボルト達を見渡す。
しかしユリスの突然の素早い攻撃にコボルトは対応できていないらしい。
そのままユリスは隣のコボルトを下から上へと薙ぐ。
剣はコボルトの頭を通り抜け刃が木々の隙間を通り抜ける太陽の日差しをキラキラと美しくそして赤く反射させた。
そして次の瞬間矢が放たれた事にユリスは音で気づき無理に剣を下へと振り下ろし矢を撃ち落とした。
コボルトはいま起こっている数秒に驚き、後ろにたじろいだ。
それをユリスは見逃さない。
すぐさま詰め寄り3匹めがけ連続に斬り込んだ 首 頭 胸と切り裂き残りは四体となっていた。
弓を持ったコボルトが矢を放つ、…がすれすれで避けられる、 ユリスに詰め寄られ、首を斬られ首と胴体が離れた。
残りの三匹は同時に攻撃を仕掛けてきた…がユリスは身を引かせることなく逆に三匹の懐に飛び込む。
三匹が攻撃するよりも早く横に一閃させ同時に剣の切先を喉元に通した。
「あった‼」
フィアナがようやく探し物を見つけキャラバンから5個ほどの赤い筒を手に持ち外に出てきた。
フィアナが外を見ると赤く染まった地面、コボルトの死骸の中に一人立つユリスの姿が目に映った。
「どうした…」
フィアナがユリスに向かって呟く。
ユリスは自分の武器と周りを見つめ。返り血で赤く染まった剣地面に流れる血 その手は震えていた。
ユリスは自分に戸惑っていた、緊張が途切れたからか、今になって心臓が激しく動いていた事に気づき驚いた。
首に掛けているネックレスを掴み、深呼吸を繰り返し自分を落ち着かせる。ユリスの昔からの癖だ。
これをする事でユリスは落ち着きを取り戻せる。
フィオは動かなくなったコボルトを見ながらユリスに近づいた。
「大丈夫か」
ユリスはその言葉にビクっと肩を震わせ驚き振り向いた。
「それは?」
ユリスはあまり深く詮索してほしくなかった為、できるだけ話を変えようとフィアナが持ってきていた物について聞いた。
「ん?…ああ、ダイナマイトだ。
こいつであの場所をふっ飛ばす」
フィオは懐に手を突っ込み白い小さな筒を取り出し口に加え。
ズボンについているケースから赤い宝石を取り出し白い筒に火をつけた。
「一本吸うか?」
フィアナはユリスの落ち着気のない様子を見てもう一本取り出しユリスに差し出した。
ユリスはそれを受け取ったが少し見たあとに返した。
「大丈夫、それより急ご」
「そう焦るな、そんな状態で行ったんじゃ出来る事も出来ねえぞ」
そう言いフィアナはふうーと口から煙を出した。
その煙からはなぜか落ち着くような甘く濃厚な香りが漂ってくる。
とても落ち着く香りだ。
「いい匂い」
「ん? ああこれは私が作ったオリジナルのやつだからな。
街の裏路地で見る依存性を楽しむ物とは違う、ハーブそれに薬草なんかを混ぜてある」
フィアナは説明が出来るとばかりに嬉しそうに話しをそれから続けた。
「うん、落ち着いた」
ユリスの震えていた手は落ち着かせてくれる香りのせいか震えは止まっている、その手を力強く握りしめうなずいた。
「んじゃ、急ぐか」
……
「フィアナの野郎、やっとおっ始めやがったか」
ドーンっと大きな音と共に地響きが鳴り響き砂煙が視界を奪う。
コボルトは煙に向かって走り出し、何事かと周りを囲んで短剣をそれぞれ手にとった。
突如、その煙の中から二つの影が飛び出し手前のコボルト、それぞれ同時に襲いかかった。
フィアナはナイフを顔に叩き込み、ユリスは首を切り裂いた。
「フィアナ‼」
「ああ、分かってる」
フィアナは左手で腰に付けたダイナマイトを取り、火のついたタバコで導火線に火をつけ、コボルトの群れに投げた。
次の瞬間、再び爆発音が聞こえ小石が飛び散りコボルト達は肉片となった。
ユリスとフィオは爆発した場所を避け、先にいる縛られた四人のもとへと向かった。
目の前を遮るコボルトをユリスが次々と斬り倒し前へ前進して行く。
しかし次の瞬間、斬り倒して進むユリスの横に黒い灰色の大きな影が突如現れユリスを襲った。
振り向くと明らかに大きさの違う灰色のコボルトが でかい両刃斧を振り上げているのが見えた。
フィアナは突然現れた灰色の巨体に対しユリスに注意を呼びかけることしかできない。
「ユリス‼ 守れ‼」
「っう」
ガキン‼ 金属と金属が重くぶつかる音があたりに響く。
ユリスはギリギリで剣を体と斧の間に滑り込ませ間一髪で防いだ、…が浮遊感と共に横に吹き飛ばされた事を知った。
地面が真上にある。
着地し、ふらふらとよろけながら立とうと、したが膝を地面につけてしまった。
「くっ」
両腕がびりびりと痺れ、痛みが時間差で襲ってきている。
「ユリス‼」
その声を聞き顔を上げるとフィアナが叫びながらユリスのもとへと向かって来ているのが見えた。
しかしその判断は間違いだった、先程の灰色のコボルトがフィアナの後ろに移動し斧を振り上げフィアナを狙っている。
「フィアナ‼」
ユリスは即座に足に力を込め飛び出す。
すると自分でも驚いたが自分の体はまさに風にでもなったかの様に早く動いた。
そして再び、大きな金属音が辺り周辺に聞こえた。
ユリスは先程とは違い斧を受け流す事でその場に踏み止まる事に成功した。
手と腕の痛みが先程よりも痛くない。
再び斧を構えようとしているのに気づき、ユリスはすぐさま胸を斬りつけた。
深い、そう思った…はずだった。
灰コボルトはまるで切られた事実がまるで無かったかのように斧を振り下ろす姿勢を取った。
風を切る音が聞こえ、ユリスは再び浮遊感を感じた。
「がっあ…」
今度は着地しようとすら出来ず地面に叩きつけられ転がった。
「痛っ」
顔の血がついた部分に砂が付着し地面に叩きつけられた衝撃で息が苦しい、さらに腕から重くそして鈍い痛みが走っている。
うめき声を上げながらもなんとか起き上がり見すえた。
灰コボルトは斧を肩に乗せこちらにズシズシと歩いてくる。
体に恐怖が走った。
その瞬間フィアナがナイフを両手にコボルトの前に立ちふさがった。
「しょうがねえ…腹をくくるか」
フィアナはそう呟くと大きく呼吸をすると、ナイフを容赦なく投げた。
そのナイフはコボルトの胸に深く突き刺さり止まった。
しかしそれでも歩みを止めない。
フィアナは脚や腰に手を次々に回しナイフを投げ続ける。
しかしフィアナと灰コボルトの距離は縮まりうっとうしそうに左手でナイフを抜く。
ついにコボルトはフィアナの前で止まった。
「やべ…」
斧が高々と上げられる。
その斧は太陽の中に入り刃がギラついていた。
「フィアナ‼」
突如ユリスの声が聞こえた、…次の瞬間、フィアナは横に突き飛ばされた。
ユリスはコボルトの前に立ちその一撃を剣で受け止める。
「くっ…ううう」
大きな金属音が響いた後もユリスはそこに立ち続けた。
「はあああああ‼」
ユリスは受け止めた斧を弾き、斬りつけ続けた。
しかしその剣は致命傷にならず、まるで表面を斬る程度の効果しかない様に思われた。
そして少し時間が過ぎると再びあの一撃がユリスを襲った。
大きな音と共にユリスの剣は後ろに弾かれ、体ごと持っていかれそうになり構えが崩れる。
それでもユリスはすぐに体勢を立て直し再び斬りつけた。
フィアナは自分では歯が立たないと考えナカマ達のもとに向かっていた。
ユリスを不安そうにチラチラと見ながら縛られた四人組のもとに行き、すでにナイフを使い果たした為、仕方なく赤い石を腰のケースから取り出し、縛られたロープを焼き切った。
「おいっ急げ」
「誰だよあれ、すげー戦いしてやがる」
ベスターが急かすがベルナードはユリスの戦いを見て目を離すまいとしている。
「捕まった、奴は黙ってろ!」
フィアナの額に汗が一筋流れた。
ユリスがまだ無事なのか、この判断で間違っていないかそう考えながら縄を相手にしていたため、残りのヘズとペッグの縄を外すのに手こずった。
「急げ、逃げろ!」
縄を外し終わり逃げようとする団員達だったが数体のコボルトが追いつき五人を囲み始めた。
数は向こうが上それにも関わらずこちらには武器が無い。
「フィアナ‼ どうする!?」
ベルナードの叫びにフィアナはダイナマイトを手に、にやりと笑みを浮かべた。
…
一方ユリスは一歩も引くことなく戦い続けていた。
「はあ、…はあ」
ユリスは息をきらしながらも灰コボルトを見すえ、強撃の一撃 一撃を受け流し、相手がまた攻撃を入れる前に連続で斬り続ける。
あたりは血の霧に覆われユリスの剣戟の速さは更に加速していった。
灰コボルトはついによろけ斧を落とした。
コボルトが弱ったのを感じ、ユリスは最後の力を振り絞り縦に斬りつけた。
「ふう……ふう」
ユリスもよろけ、倒れるのを、剣を杖の様にして体を支えることでこらえた。
そこに十匹のコボルトが怒り狂ったように唸り声を上げ、ユリスを囲んでくる。
「何やってんだ、さっさと逃げるぞ‼ 仲間は助けた!」
フィアナがそう叫ぶ。
しかしユリスは最後の力も無く、この体勢を保つ事で精一杯だった。
目が霞んで行くと同時に腕の激痛が消えていくのを感じた。
体全身に疲労感が蓄積され、それが今突然吹き出してきたらしい。
とても今のユリスにはもう戦う余力はなく、逃げる事も不可能だ。
フィアナが走り出そうとした時、森の茂みから一つの大きな影が飛び出しユリスのいるコボルトの群れに突っ込んだ。
巨大な狼、セアムだ。
背にノエルを乗せ、怒りコボルトを噛み払い遠ざけた。
「掴まれ‼ユリス」
セアムに乗っていたノエルは右腕をユリスに差し出す。
ユリスはその手を強く握り、剣を掴んだままセアムの背に乗った。
ユリスはセアムに跨るとノエルの背によりかかり、そのまま眠るように気を失った。