コボルト
ユリスは森の中、獣道を進んでいると不思議な物を見つけた。
それは獣の骨で作られた槍のようなオブジェクトだ。
不思議そうにそれを観察していると誰かが話しながら近づいてくる声が聞こえた。
ユリスはすぐにその場を離れ少しした草むらの中で様子をうかがう事にした。
それは人の言葉では無いどちらかと言えば唸り声に近いものだ。
ユリスはあっと驚いた、姿を表したその姿は黒い毛で全身覆われている。
しかもそれは二足歩行で移動し確かに今二匹で話をしている。
「狼?」
ユリスはその顔を見て狼そのものの顔だと気づいた。
コボルト、それはとても子柄だが群れで生活し集落を作る。中には一つの都市規模に発展した事例もある。
性格は凶暴、人を見つけては襲いかかり物資を奪い血肉を漁る。
よくゴブリンと比較される魔物。
当然の事ながらユリスはそれを知らない。
三匹のコボルトは何事か話した後、一匹を残し二匹は戻って行った。
それを見てユリスは草むらから身を出し一匹のコボルトの所まで堂々と歩いていく。
ユリスは頭の中で依頼内容を繰り返した。討伐もしくは追い払う
「あなた達に話があります。
もし言葉が通じているのならば話を聞いてほしい」
ユリスを見たコボルトはたじろいだ。
普段なら追いかけられる側のはずの人間、我らを見たらすぐさま逃げ出す人間。
それが、意味のわからない何か言いながら堂々と歩いてくる。
コボルトはこの異常事態に牙を剥き腰にあった短剣を引き抜いて、ユリスにそれを向け吠えた。
ユリスはそれに対し、剣を抜き地面に突き刺してみせた。
戦闘の意思が無いのだと知らせようとしているのだ。
刹那、コボルトがユリスめがけて走り出し、飛んでユリスの顔めがけ短剣を振るった。
速い、しかしユリスは刃から一瞬たりとも目を離さず短剣を見たまま身を少し低くしてよじりながらかわした。
刃にユリスの青い瞳がキラリと写り通り過ぎていく。
「話を聞いて」
もう一度呼びかけて見るが、それでもなお攻撃を続けるコボルトに対しユリスは躊躇なく蹴りで反撃。それは見事、顔に命中した。
キャン
その声と共にコボルトは手に握っっていた短剣を放り出し三回ほど転げ回り止まった。
完全にノックアウトしたようで起き上がる様子はない。
ユリスはコボルトを調べて見た。
コボルトはいろいろな小物をつけておりどれも血で汚れている。
おそらく人から奪い取ったものだろう。
「分かった」
ユリスはポツリと呟き地面に突き刺した剣を引き抜きコボルトの前に戻った。
コボルトにとどめを刺そうとした時、ふとユリスは昔の事を思い出した。
「いい?ユリス、私達は森を守り人を守るという大切な使命があるの」
まだ幼かった頃のユリスは泣いていた。
「どうして?…どうして、殺さないといけないの?…」
母はゆっくりと、足をおりユリスの顔を真っ直ぐに見つめ、緑の瞳でニッコリと微笑み優しく言い聞かせるように話す。
「ユリス、何かを守ったり助ける為にはどうしても犠牲が伴ってしまう」
「でもっ…セアムは友達になってくれた‼」
母は優しく頷いた。
「そうね、でも皆が皆セアムの様に優しい訳では無いの。
この世界で生きている生命の中には魔物と呼ばれる邪悪な存在がいる。
それは…」
ユリスは涙を袖で拭い無理に顔を上げた。
「悪い神様が作ったんでしょ。私知ってるよ」
母はうなずき昔から良く聞かせてくれた話を始めた。
「そう、悪い神様がその昔に、良い神様と喧嘩してしまった時に生まれた存在。
それは人を襲って食べてしまう用に作られた生命…」
私はそれに聞き入りしばらくすると涙も止まっていた。
「だから私達 森人は魔物を退けるそれが。
『この森や民を守るのが使命』だから」
母と私は見つめ合った。
守る為には助ける為には殺す覚悟も必要。
でなければここで殺さなかった魔物が村へ、もしくは旅人を襲い悲しみが生まれる。
遠い昔の母の教えだ。
ユリスはため息をつきコボルトを見た。
「ごめん」
ユリスはそうつぶやくとその剣をコボルトの喉元に突き刺し息の根を止めた。
ユリスは剣先についた血を振り払い、鞘に収め先程のコボルト二匹が向かった方向へと足を進めた。
少し歩いていくと騒がしい喧騒が聞こえて来る。それは獣の唸り声と人の声だった。
………
一方キャラバンは侵入不可と思われる道へと迷い込みながらも全速力で進んでいた。
道は古く使われていなかった為かで道が整備されていない。
木々こそなかったが草が所々で生えている。
「ベルナード!!
上に出て、弓で応戦しろ!」
団長であるべスターが振動と風で脱げそうになる帽子を抑えながら指示を出した。
それにうなずきベルナードは馬車の中から上の扉を開け外に上半身を出して襲ってくる魔物目掛けて弓を引き矢を放とうと狙いを定める。
「フィアナ、例の物用意しとけ」
「あいよ!」
フィアナは揺れる馬車によろけながらもニヤリと笑みを見せそう言い、後方の馬車へと向かった。
「ペッグ爺さんは大人しくしてな」
老人はそれに無言でうなずきコップ一杯の水を振動をまるで受けてないかのようにすすった。
外ではベルナードが上から矢を放ちゲシュライを遠ざけさせていた。
「くそ、当たらねえ」
「ベルナード、とにかく距離を取らせろ、相手はゲシュライだ。
上級冒険者でも下手すりゃ、やられちまう相手だ! 何が何でも近づけんじゃねえぞ!!」
ゲシュライは矢を走りながら躱し、それでいてなお スピードを落とす様子はない。
ゲシュライと呼ばれる魔物はベルナードの矢がつきたと見るやキャラバンの先頭にいるガラめがけ疾走してきた。
「やばい! 団長そっちに行きました!!」
「団長!」
ベスターが後ろを振り返るとフィアナが長い鉄の筒を放り投げているところだった。
「よし‼」
ベスターはそれを受け取り手慣れた様子で鉄の筒をゲシュライへと向けた。
ゲシュライは今にも飛びかかる寸前だった。
「こいつは虎の子だぜ」
バンとあたりに破裂音が響き渡りその筒からは煙が出た。
ゲシュライは力を無くしたようにガラに飛びかかる事なく姿を消した。
「おっシャー‼」
ベルナードはそれを見て声をあげガッツポーズを見せた。
しかしゲシュライは最後の力を振り絞り、スピードを緩めることなくキャラバンに突っ込んだ。
バキッというキャラバンのどこかが壊れた音がし団員達はその衝撃に飛ばされそうになる。
外にいたべスターやヘズ、ベルナードは投げ出されそうになる体を必死になって抑えた。
その際にべスターの手から鉄の筒がするりと抜け、目まぐるしく動いている景色の中へと落ち、消えてしまった。
そのままキャラバンはしばらく走り、ガラの興奮が収まる事によってようやく止まった。
「なんとかなったか」
べスターはふう〜と長いため息をつく。
ベスターはヘズとベルナードを連れゲシュライが衝突した箇所にキャラバンから降りて集まった。
「これは、ひどいな」
木のタイヤが折れ、その一帯がひしゃげている。
これでよく先程走っている最中に崩壊しなかったものだ。
「これ、直せますか? 団長」
ヘズは苦笑いし、団長を見上げた。
べスターは少しの間考えたあと、壊れた場所を見て回った。
「スペアのタイヤもってこい。タイヤだけ変えて、なんとか村までもたせる。
ベルナード、この先の道を通れるかフィアナと一緒に…」
急にべスターの言葉が詰まった。べスターはあたりを見渡しゴクリと唾を飲んだ。
「どうしたんで…」
「動くな」
小声でそう言いじっとあたりを見渡した。
それはベルナードにも分かった。
ガサッガサッとかすかに音が聞こえる。
何かが音を立てないようにしながら動いている、不自然な違和感がよぎる。
それも音は一つでは無くキャラバンを囲いこむ様に広がっていった。
「これは、まずいな」
べスターは冷や汗を拭いながら、そう一言呟いた。
…
ノエルはハーラ街道への入り口にたどり着いていた。
しかし、そのノエルの前には大きな巨狼セアムが行く手に立ちふさがっていた。
セアムは右に行けば右に左なら左にノエルの行き先をいかせまいとばかりについてくる。
困った表情のノエルをつゆ知らず、セアムは尻尾をぶんぶん振り。ハッハッハと息をしていた。
「犬め」
ずれたメガネを直し恐る恐る近づく。
一歩また一歩と近づき、ついに目の前まで来た。
思ったとおりだ、こいつ人慣れしてる。
そう思い、そっと撫でようとした瞬間べちょっと言う音と共にノエルはセアムに顔を舐められた。
…
ユリスは喧騒がするほうへと足を早め、葉をかき分けながら進んでいくと急に開けた場所を見つけた。
見回すと人が作ったような建物が立ち並び、そこには沢山のコボルトが騒ぎ、なにかに群がっているようだ。
ユリスは急に後ろで気配を感じ、振り向こうとした。
その瞬間、後ろからぬっと手が現れユリスの口を塞ぎ、頭を柔らかい胸に抱き寄せられるのを感じた。
「いい子、だから黙ってな。
話がしたい」
上を見ると バンダナをつけた黒褐色肌の女性が見えた。
「あな…ふは」
口が塞がれ上手く喋れない。
「私はフィアナ、キャラバンの一員をやらせてもらってるもんだ。
あと、まだしゃべるな」
フィアナは小声でつぶやきコボルトを見た。
ユリスもコボルトを見る。すると先程は見えなかったが、コボルト同士の合間から人が縄で縛られ歩かされているのをユリスは見た。