06 「あんたのせいだべっ」
どうやって帰ったのか覚えていない。
頬に当たる雪の冷たさも忘れていた。
洋治郎が「どこへいっていたんだよ」と吠えたけれど、気にもならなかった。
「避難所で騒ぎが起きてる。発電所も炎上したらしい。どうす──」
「石狩の発電所? 本当にちゃんと稼働停止しているか確認をお願い。余震でもっと被害が出るわ」
指示をしながら避難所へ向かう。
身体を動かしながらも頭の中は薫さんのことでいっぱい。
薫さんの伏せた目。疲れた背中。弱音を吐かない薫さん。だからこそ。私はどうしたら?
無我夢中で動いて、無我夢中で指示出しをした。それこそ寝るどころか食べるのも忘れていた。続々と集まる被害状況を図面に記しながら薫さんを思っていた。
どうしたら薫さんを外に出せるのか。
ただ出すだけじゃだめで。外で生き続ける意味がなくちゃで。
集まった毛布を両手に避難所へ駆け込む。人手不足の救急隊員が到着するまで怪我人へ応急処置をする。泣きじゃくる子どもの話を聞く。
それから? 私にできることは?
息を切らして次の避難所へ足を踏み入れたときだった。
腕をつかまれた。
洋治郎かと思って振り向くと、避難所の小柄な老人だった。
「あんたのせいだべっ」
いきなり老人はまくしたてる。
あんたのせいで家は壊れ、あんたのせいで孫ともはぐれ、あんたのせいで飯もまずく、あんたのせいで夜も眠れない。
「あんたみたいな小娘がでかい顔で命令するから上手くいかねえんだ。大人の男に任せておけばいいべや。なしてでしゃばる」
少しはおとなしくしていろ、そう老人はつばを飛ばす。
「爺さん、いいすぎだ」
そう洋治郎がたしなめる。
いいすぎ?
老人より洋治郎へ私は眉をしかめる。
自分たちの代表代理が侮辱されたのに『いいすぎ』。それは洋治郎も気持ちのどこかでそう思っているってことで。
身体が熱くなる。
じゃああなたが代理をやりなさいよ。親身になるふりをして嘲笑っていたの? 自分になびかない私をただ生意気だと思っていたの? いいたい言葉が次から次へと胸にこみあげる。
カタンと音がした。
老人の胸元から四角いなにかが転がり落ちる。
それを拾って、ああ、と思った。遺影らしい写真。少しすました顔で映ったおばあさん。
「かえせ」
遺影をひったくる老人の顔を見る。
頬についたパンかす。それを思わず指先で払っていた。
「──パンじゃ食べにくいですよね。おむすび持ってきます」
「そんなもん、いら──」
「たっぷり塩を利かせた塩むすびです」
「塩分制限中だわっ」
「いまくらい、いいじゃないですか。ちょっと待っていてください」
いいおいて走る。薫さんからもらった塩むすび。持ってきたカバンに最後のひとつが残っていた。この寒さだし塩が利いているからまだ食べられる。それを老人へ手渡す。
「しょっぺえっ。塩利きすぎだべやっ」
あはは、と笑うと、老人も顔を崩した。
「うめ、な」
「うめえ、でしょ?」
洋治郎がきょとんとした顔で私たちを見ている。
本当に薫さんのいうとおり。
腹が減っては。
誰だって、いつだって。そう──薫さんだって。