04 「カロシ・トラジャ」
透き通るような肌。小さい顔。ほっそりと伸びた手足。
そしてなにより──身体中からあふれる気品。いいえ、気迫。
この人が、とすぐにわかった。
以前、薫さんが話していたこのカフェの店主、なごみさん。
薫さんの口からなごみさんの名前が出るたびに、「ないない」と薫さんに否定されてもなお、二人の間柄を疑っていた。
その疑問が吹き飛ぶ。
これは薫さんの言葉どおり。このひとと恋愛をするのは、ありえない。おそれ多い。そういう風格が彼女から漂っていた。
「あなたが──穂鳥さんね。薫から聞いているわ。会いたかった」
我に返って私はカウンターまで進む。
「あの──薫さんは?」
「寝ているわ」
「具合が悪いんですか?」
「ただの疲れね。あの子、すぐに根を詰めるから」
苦笑してなごみさんは「見る?」と私をうながした。
カウンターの奥、その先にあるドアをそっと開く。
薫さんが机に突っ伏して寝ていた。机には書類が山ほど乗っている。非常電源が生きているのか。パソコンモニターのあかりが青白く薫さんの顔を照らしていた。
ギョッとするほど疲れた顔。
──薫さんにすがりたかった気持ちがみるみる縮んでいく。
こんなに、と胸が苦しくなる。必死でなにかをやっている人を私はもっと困らせようとしていたの?
なごみさんが耳元でささやいた。
「コーヒーをいれるわ。いらっしゃいな」
あの、と私は声を出す。
「薫さんに毛布をかけてもいいですか?」
なごみさんは薫さんへ顔を向けて「ああ」と肩をすくめた。「もちろん」と満面の笑みになる。
「後ろのベッドにあるのを使って。悪いわね。わたしはそういうことにうといのよ」
首を振って毛布を手に取る。薫さんの大きな背中。それをそっと毛布でおおう。ほつれた後れ毛。こめかみにうっすらと浮かぶ血管。それにふれたくて──やっぱりふれられなくて指を引っ込める。
*
そっと部屋のドアを閉めると、コーヒーの匂いがした。
「カロシ・トラジャ。香りとさわやかな苦みが特徴なの」
はい、となごみさんがカップをカウンターテーブルへ置く。丸いフォルムの真っ白いカップ。
私はスツール椅子に座ると、カウンターを眺めた。いつもどおりのトップライトに水道設備。ポットは湯気をあげている。地震なんてなかったみたい。
「……薫さんにも自慢されたんですけど、あの地震があっても無事なんてすごくしっかりした非常用電源なんですね」
「数十年前から警告はされていたでしょう? 準備期間はたっぷりあったもの。やるかやらないか。その違いだけだわ」
どこと、とはいわずになごみさんは自分のコーヒーをすする。
私も黙ってカップを手に取った。
一口すする。目を見張る。耳のうしろがびりびりした。口に広がったコーヒーの香りが背中から飛び出していく。凝り固まったイライラとかモヤモヤがはじけ飛ぶ、そんな感覚。
顔をあげてなごみさんを見る。なごみさんはすました顔でカップを口へ運んでいた。頬には笑み。
やっぱり、と泣きたくなる。なごみさんはすごい人なんだなあ。
*
なごみさんがとろけるような笑顔を私へ向けた。
「あなたにね。お願いがあるの」
私はカップをカウンターテーブルへ置く。
「彼を外に出してあげて」
それって、と眉をよせて慎重に声を出した。