4話 皇女様と石の森 その2
三人はココの町のレストランへやってきた。
ここぞとばかりにアローンは高そうなメニューを選んで頼む。ウィズがクラリスから受け取った報酬を当てにしているのだ。
そして、注文の締めにすかさずコーラも注文するが、この店にコーラはおいていなかったようでガックリと肩を落とす。
次いでウィズがメニューの中で真ん中くらいのメニューを頼み、その様子を見ていたレイラがウィズと同じものを注文する。
運ばれてきた料理を口にしながらアローンが問う。
「で、その皇女がなんの用だって?」
「あまり人前では皇女と呼ぶのはご遠慮ください。ワタクシはレイラですわ」
レイラは優雅にアローンに釘を刺す。
「なら、その話し方もやめるんだな。普通に話せねえのか? で、そのレイラがなんの用か聞いてるんだよ」
ぶっきらぼうな口調で、使いかけのフォークをレイラに向けながら言うと、一呼吸置いた後、何かを諦めたかのようにレイラは話し出す。
「……わかったわよ。これでいい? 私の用なんだけど、緋雨の竜に王都までの護衛をして欲しいの」
「無理だな。俺はもう、護衛の依頼を受けている。そいつからな。あと、緋雨の竜も止めろ。アローンでいい」
アローンとレイラがウィズの方を見るとウィズはにぃーっと歯を出して笑う。
「アローン、私は良いと思うよ。護衛さん、居なくなっちゃったし。私達も王都目指してたしさ」
ウィズは口の端をソースで汚しながらアローンに言う。それを見つけたレイラは自分の仲間となってくれるであろう娘の口元をナプキンでいそいそと拭う。
「王都に行ってどうするつもりだ」
レイラの目的をアローンは追及する。
「王に謁見しようと……最近、帝都で妙な動きがあって……」
「妙な動き……?」
「詳しくは言えない。でも、私は王様に会わなきゃいけないの」
そういうレイラの瞳をアローンはじっと見つめる。その瞳は危うく揺れながらも奥に隠した決意の炎は揺らぐことはない。
「わかった。しかし、なんで俺なんだ」
アローンはレイラが王都に行く理由の追及をやめ、なぜその護衛の矛先が自身に向かったのかを問う。
「もう一つ、理由があるの。道中、兄を探しているの。私の実の兄、第二皇子ロット・リーシアよ」
「兄を……」
その言葉を聞いた時、アローンの眉がピクリと動く。それを見たウィズが小さくハッとした顔をする。
「……まあいい。その兄がどうしたって?」
「私と同様に王都に向けて先日発ったのよ。でも、兄は王都には着かずに消息が分からないの」
「お前と同じでどこぞの盗賊にでも襲われて殺されたんじゃねーか?」
アローンの素っ気ない言葉にレイラはギリと歯を鳴らす。
「そんなはずない! 兄は剣の腕はたつし、護衛に連れていたものも帝都でも指折りの兵だもの。そこらの盗賊になんてやられたりしない!」
レイラの言葉にアローンはそっぽを向く。
「さっきだって、俺が来なけりゃアンタは今頃あいつらの慰み者だ……。下手したら殺されてる」
悔し紛れのようにそう呟くアローンにレイラは凛とした趣で言う。
「そうなったら、そうなった時よ。覚悟はしてきたわ」
「はっ、とてもそうは見えなかったけどな」
二人の少し険悪な空気を感じたウィズがおずおずと呟く。
「仲良く、してほしいな」
しかし、その食事中、アローンとレイラがそれ以上会話をすることはなかった。
食後、アローンはいつものように手配書を確認するため警察署に行く。
「ここらで居場所の割れてるような賞金首はいないか?」
それを聞いた保安官は手を水平に持ち上げ「さっぱりだ」とジェスチャーする。
「盗賊の首なら一件あるんだが、居場所がわかってるような奴は、ついこの間ピースメーカーがあらかた捕まえてくれたんでな」
「クッ、こいつ」
保安官の言葉を耳半分に差し出された手配書を眺めるアローンはその手配書の顔に見覚えがあった。さきほど、レイラを襲っていた盗賊である。
「あら、この人なら倒しましたわよ。この緋さ……ムグ!」
「なんだ?ひさ?」
「いや、久しぶりに美味い昼めし食ってちょっとコイツおかしいんだ。邪魔して悪かったな」
そう言い、レイラの口を押えたままアローン達は警察署を出る。
「ぷは! いつまで乙女の口を押えてるつもりよ! 変態!」
警察署をでるなり、レイラはアローンに毒吐く。
「お前、緋雨の竜ってこんなとこで言うんじゃねぇ。俺は賞金首だ」
「だって、盗賊を倒したんだから言って賞金を受け取ればいいじゃない」
「馬鹿、賞金首の首を持ってくか保安官の立会人が居ないと意味ないんだ」
「あら、そうだったの」
アローンの説明に一応の納得をしたのか、レイラはそれ以上突っかかったりはしない。
これで一行はこの町に用はない。
「次の町行くか」
「うん」
アローンはウィズに次の町に発つことを提案し、ウィズもそれを否定したりしない。
「ちょっと、もう行くの?この町に一泊しないの?」
しかし、レイラは不服なようで町での一泊を提案する。
「まだ、日は高い。お前、王都に急ぐんじゃないのか?日が暮れればその辺で野宿するから大丈夫だ」
「ちょっと。私に野宿しろって言うの?これでも皇女なのよ!」
「大丈夫だよ。野宿、楽しいよ」
そういうウィズにレイラは調子を狂わされ、渋々二人の後を追う。
三人が町を出てしばらく歩いていると、ウィズがまた何やら見つけたようで駆けていく。
「見て、なんか、すごい人だよ! 行ってみようよ!」
三人が人だかりの方に行くと眼前には灰色の空間。一見森のようだが色がおかしい。すべて灰色なのだ。
「これは……」
アローンが呟くと隣で同じように野次馬をしていた男が説明する。
「前までは普通の森だったらしいんだけどさ、ちょっと前に急に石でできた森に変わっちまったらしいんだよ。こうやって遠巻きには見てるんだけどよ、誰も気味悪がって入っていかねえんだとよ」
「石に……それは最近か?」
「アローン、そんなことって、あるの?」
ウィズが不安そうにアローンに尋ねる。
「昔、一度この光景を見たことがある」
そう言いながらアローンは森の端の石の葉っぱに触る。すると、触れた先から砂の様に石の葉っぱは崩れ去っていく。
「あんた、剣士なのか?ちょっと見てきてくれねえか?俺達には不気味でよ。ここ抜けるとブルバの町へのいい近道なんだよ」
「俺が戻ってくるまで誰一人としてこの森に人を入れるな。いいな」
そう言うとアローンは静かに石の森に踏み入っていく。その瞳はほの暗い炎を宿していた。
三人が石の森に入り、しばらくすると一体の石像が現れる。
まるで生きているかのような像を見たウィズとレイラが駆け寄っていく。
「すごいね。誰が作ったんだろう。まるで生きてるみたい」
感嘆の声を挙げながら遠巻きで眺めるウィズに対し、レイラもこの像に興味津々に手を伸ばす。
「触るな!」
石像にあと少しで手が届くという時、アローンが叫ぶ。その声は怒りとも悲しみともつかない声色だった。レイラは思わず手を引っ込める。
「なに?急に大声なんか出して。ビックリするじゃない」
レイラが怪訝な顔をし、不満の声を漏らす。
「お前、その石像を見てわからないのか?」
「これは、帝都の兵士……なぜこんなところに……」
石像は帝都兵の姿をしており、その表情は苦悶の表情を浮かべている。特に不審な部分は表情や髪、服の皺に至るまでかなり精巧な作りをしているのに、この石像にはノミを走らせた形跡が一切ないのだ。
「アローン、もしかしてこの像って」
ウィズは何かに気が付いたのか不安そうな声でアローンに問いかける。
「そうだ。こいつらはみんな、生きていたんだ」
アローンの言葉にレイラの顔が見る見る青ざめる。
「ちょっと待って、この像、帝都の兵士ですわ。まさか!」
「待って! レイラさん!」
そういうや否や、レイラは森の奥へ駆け出す。ウィズはレイラの後を追って走り出す。
一人残されたアローンは静かに打ち刀を手に居合に構える。
「せめて、この刀で」
そう言うと、アローンは刀の太刀筋、抜いた音、切った音さえしない速さで石像を切り刻む。アローンが打ち刀を鞘に戻すと同時に石像は一瞬塊として崩れ去り、地面に落ちるとともにさらりと砂になった。
アローンが森の奥へ歩みを進めると四体の石像の前で泣き崩れるレイラ、そして、その横でどう声を掛けて良いのかわからぬ風情で狼狽えるウィズの姿があった。
「お前の兄か……」
アローンが声を掛けるとレイラは涙を流しながらコクリと頷く。
「兄の……ロット・リーシアです……」
嗚咽交じりに中央に立つ像を見るレイラ。その像は焦りと緊張の表情を浮かべ、その手は腰の剣に添えられている。
無言で打ち刀に手を掛けるアローン。その姿を目にしたレイラが慌ててアローンに縋りつく。
「ちょっと! 何をする気!」
「斬る。せめてもの手向けだ。この音無で葬ってやる」
そう言い、腰の打ち刀を居合に構える。
「そんな! あなたには人の心がないの!? あなたはまさに緋雨の竜よ! 非情で残酷で! 人の心を持たない怪物よ!」
レイラの罵りをアローンは一瞥して受け止め、大きく息を吐く。
「アローン、ちょっと待ってあげて」
ウィズがアローンに制止を掛ける。アローンは刀に遣った手を放し、ウィズの方に向き直る。
アローンの制止を確認したウィズは泣きじゃくるレイラに近寄ると、そっとその肩を抱き、語りかける。
「大丈夫だよ。レイラさん。アローンはきっと、意地悪したくてしてるんじゃないよ。ちゃんと理由があってしてるんだよ。だから、アローンもちゃんと説明してあげて。家族とお別れは悲しいものだから」
そういうウィズの瞳には優しさとも悲しさとも、いや、もっといろいろな感情が混ざり合っているのだろうか。深いグリーンの瞳は哀しく揺蕩っている。
「お前の兄も兵士たちもその姿のままでは成仏も出来ん。魂は石の中に閉じ込められ続ける。だから、ちゃんと屠って魂を空に還す」
「そんな……どうにかして元には戻せないの!?」
アローンにしがみ付き、懇願するレイラ。
「アローン、生命の実なら、元に戻せないかな?」
ウィズはアローンに問いかける。しかし、アローンは左右に首を振る。
「いや、いくら生命の実が万能の霊薬だったとしてもそんなことは不可能だ。こいつらはもう事切れている。いくら生命の実でも死人に命は吹き込めない」
まるで、生命の実のことを知っているかのように話すアローン。ウィズもそのことが引っ掛かったのか、一瞬ハッとした表情を見せるが、特に追及せず、俯いてしまう。
「せめて祈りを。兄とその御者たちの魂が安らかに召されるよう祈りを挙げさせて……」
レイラが言うと。アローンは石像から下がり了承の意思を伝える。
その姿を見たレイラは像の前に跪き、胸の前で両手を組み、何やら祝言と弔辞を唱える。
「ありがとう、兄様。どうか安らかに」
そう言うとレイラは立ち上がる。目元の涙を手で拭い。アローンに向き直る。
「あの、その、兄だけは、どうか、私の手で」
その言葉を聞いたアローンは静かに打ち刀“音無”をレイラに手渡す。
「無敵の刀だ。その刀で葬ってやれ」
「ありがとう」
レイラはアローンから受け取った刀を鞘から抜く。その刀はまるで刀身から悲しみを放っているかのような青白い光を放ち、ずしりと重いのに、その刀身のしなやかさをしっかり感じることのできるまさに名刀であった。
レイラはもちろん剣などまともに振ったことはない。しかし、兄や兵士たちの見様見真似ではあるが、ありったけの思いを込めて兄の石像に向かい刀を振るう。
刀の刃はろくに立ちはしなかったが、その刀に薙がれた石像はさらりと砂になり、崩れ去っていく。
「あとは、お願いします」
レイラはやはり堪えたのか胸を押さえ、残りの石像の弔いをアローンに託す。
アローンは音無を再びレイラから受け取ると無言で残りの像たちを居合斬っていく。その場にある全ての像はみな砂と帰した。
「どうして、こんなことに……」
全てが終わった後、レイラが呟く。
「昔、これと同じようなものを見たことがある。古代の秘術らしい」
「それって、誰かの仕業ってこと?」
ウィズは首を傾げる。
「俺がその秘術を知った時、それを行使したのは俺の兄だった……」
アローンは悲しみの声色で告げる。
「あなたの兄が……それじゃ、これはあなたの兄が犯人ってことじゃないの!?」
レイラがアローンに詰め寄る。
「わからん、だが、その可能性は大いにある」
「俺が昔見た時、石になったのは俺の両親だ」
アローンの言葉にレイラもウィズも言葉を失う。
「俺は当時そのことを知らなかった。兄に、真相を告げられるまでは……」
そう言い、アローンは森を戻る。
森の入り口まで戻ったアローンは入り口で待つ男たちにもう通っても大丈夫な事を告げ、余裕があれば石になった森を薙いでいくことを依頼する。
そして、森にはもう入らず、次の目的地、ブルバの町を三人は目指す。
「さっきは……その、言いすぎてしまって」
道中、冷静さを取り戻したのか、レイラがアローンに謝罪する。
「気にしてない。お前の言ったことは間違ってない」
レイラの言葉にアローンは素っ気なく返す。
「私、緋雨の竜って人物を誤解してたかもしれない」
「それは、これからお前の目で見定めていけばいいさ」
「私はアローンは優しい人だと思う」
ウィズは手を挙げながら言う。
「お前は人を疑うことをちょっとは覚えろ!」
日は徐々に紅に馴染み、じきに薄暗がりが周りを覆っていく。
「ほら、今日はここで野宿だ」
「結局野宿なのね」
レイラは諦めたように呟く。帝都に居た頃はもちろん、野宿などしたことがなかったのだ。
しかし、この男と少女とこうして居る時間も悪くないのかもしれないと、思い始めている自分がいる。
三人を焚火の灯りが優しく包んだ。
「……ウィズの料理って、美味しくないわね」
「すぐ慣れる」
「アローン、あなた……ウィズには甘いわね」
「そんなことない」
「アローン、やさしいから。大好き!」
「そんなことない!」