3話 旅する二人と嵐の夜
欲望の街ワイズロッドを抜けた二人は道中の山中で野宿をすることになった。
「雨が降りそうだな。こんなことならワイズロッドで宿取れば良かったな」
アローンは空を見上げながら言う。
「どうして?私、アローンさんと野宿楽しいよ」
そう言い、焚火にかけられた鍋を混ぜるウィズ。
「お前、寝ぼけて擦り寄ってくるのやめろよ。毛布あるんだから寒くないだろ?」
アローンはうんざり顔で言う。
「だって、アローンさんが寒いかなって思うじゃない。出来たよー」
器にスープをを移しながらウィズは言う。アローンは早速受け取ったスープに口を付ける。どうやら熱かったのか舌を出してしかめっ面をする。
「それよりも今日寝るとこだ。洞穴かなんか見つけないと雨が降ってきたら厄介だぞ」
二人はとりあえず夕食のスープをゆっくり啜る。そうこうしているうちにポツリポツリと雨粒が降ってくる。
「やべぇ、降ってきやがった。急ぐぞ」
そういい、ウィズの荷物を手早くまとめるアローン。ウィズも手早く片付けを始める。
降り出した雨は激しさを増していく。どうにか二人は洞穴を見つけ雨宿りすることができた。
「服……びちゃびちゃ……」
ウィズは自身から滴る水滴をみながらつぶやく。
「早く火起こさねえと風邪ひくな。待ってろ」
そう言いながらアローンは手際よく木を組み上げ火をつける。雨で湿気っていたので少し苦労したが、なんとか火をおこすことができた。
「おわ、なんだ、おまえ、何脱いでんだ!」
焚火の灯りが洞穴の中を照らし、アローンがウィズを見やるとウィズは濡れた服を乾かそうと服を脱いだところだった。
「だって、風邪ひくし、アローンさんも脱いだ方がいいと思う」
そういい、ウィズはアローンの着物を脱がせようとする。
「やめろ!隠せ!自分で脱ぐからいい!そう言うのはダメだ!」
アローンはウィズから身を捩って逃げる。ウィズも自分があられもない恰好をしていることを思い出したのか毛布にくるまって体を隠す。
二人で薄いブランケットにくるまる。
「暖かいね」
ウィズが呟く。
「よく当たってないと風邪ひくからな。そうなったら旅も面倒になる」
アローンの言葉はそっけないが口調には優しさがにじんでいる。
「ねぇ、アローンさん……」
ゆっくりとウィズがアローンに話しかける。
「なんだ?」
アローンは短く返す。
「どうしてアローンさんは旅をしているの?」
それはウィズがずっと聞きたかった質問なのだろう。しかし、どうしても今まで聞くことができなかった質問でもある。
「兄を探している」
アローンは短く答える。
「アローンさんのお兄ちゃん?どこか行っちゃったの?」
「わからん、生きているのか、死んでいるのかも。だが、もし生きているなら……俺は奴を殺す」
そういうとアローンは歯を食いしばる。ギリとアローンの歯が音を立てる。
「お兄ちゃんなのに……」
ウィズの呟きにアローンは無言で返す。
「私はね、妹とはもう何年も会ってないの。ずっと小さかった時、一緒に暮らしていたような記憶があるだけ。だから、また会いたい」
「そうか」
ウィズは遠い過去を懐かしむ様に話す。それに対し、アローンは短く返事を返すのみだった。
「そうだ!ねぇ、王都に行かない?私も妹に会いたいし、アローンさんのお兄ちゃんも何か手掛かりがあるかも」
ウィズは元気を繕いながら提案する。
「そうだな、行ってみるか。王都に!」
アローンもウィズの提案に賛同する。
「とはいっても、まだまだ、遠いね。王都も」
「気長にいくしかないな。そこまで急ぐ旅でもあるまい」
「そうだね。うふふ」
アローンに返事をしながらウィズがにっこりとほほ笑む。
「わたし、この旅でいろんなことがしたいな。今まで街の外になんて出たこともなかったし」
「遊びの旅じゃないんだぞ」
「わかってるよ。生命の実は絶対見つけるの」
「なぁ、どうして生命の実なんだ、普通の医者じゃ手におえないのか?」
「私にもわからないの。でも、お父さんは生命の実じゃないと治せないって……」
「そうか。なら、なんで俺だったんだ?俺じゃなくても他に旅人くらいあの町にゃ、いっぱいいただろ?」
「ダメだよ。アローンさんを見た時、この人とが良いって。この人とじゃなきゃダメだって、私思ったんだもん。だから、アローンさん以外の人とじゃ、ダメなの」
「直観……か……。なら、仕方ないな」
「そう、仕方ないんだぁ」
外を降りしきる雨は激しさを一層増し、焚火に温められる二人は次第にまどろみの中へ堕ちていった。
ふと、ウィズが何者かの気配で目を覚ます。アローンは最近の疲れのせいか、普段、毛布も掛けない者が久方ぶりの温もりのせいか、熟睡しているようだった。
ウィズが気配の方を見るとウィズの四、五倍ほどはある一頭のグリズリーベアが二人の様子を伺っていた。
グリズリーベアはかなり獰猛な熊で度々人が襲われる。山中で出会えば普通の人間ならば死を覚悟する相手だ。
もともとこの洞穴を根城にしていた主であろう。その主がウィズが起きていることに気付いた。
「グォォォォ!」
威嚇の為立ち上がり両腕を大きく広げ、低い咆哮を挙げる洞穴の主。普通の人間なら発狂するか、その場で気絶してしまうことだろう。
しかし、ウィズは人差し指を口の前に遣り主に向かって小声で言う。
「しー。アローンさん、寝てるから、大きい声出しちゃダメ。ごめんね。お家使わせてもらってるよ」
洞穴の主は咆哮こそは止めたが、未だに警戒は解かない。
「ほら、おいで、怖くないよ。一緒に焚火に当たろう」
ウィズはそう言い、巨大な主に手招きをする。
洞穴の主は少しずつ二人との距離を詰める。そして二人の匂いを嗅ぎ、ウィズの伸ばした掌を一舐めする。
「ほら、怖くないでしょ。一緒に寝んねしよ」
ウィズがそう言うと山中で最も恐れられるグリズリーベアは二人の後ろに陣取り、丸くなる。それはまるで二人にフカフカのソファを提供しているようだった。
「わぁ、いい子だね。ありがとう。温かいよ」
ウィズはすぐ脇元にある主の頭を優しく撫でつける。
「ほんとはみんないい子なんだね。怖いから、牙を剥くんだよね。怖いから、爪を立てるんだよね。大丈夫。私もアローンさんもあなたを傷つけたりはしないよ」
子守唄を歌うようにウィズは主に語りかける。主もウィズの言葉を解しているかのように静かに眠りについた。
外の嵐とは対照的に暖かな空間がそこには確かにあったのだ。
「うぉああ!」
翌朝、目を覚ましたアローンは自分とその目の前で毛布に包まれる少女が巨大なグリズリーベアに抱かれていることに気が付き大きな声をあげる。
その声にウィズと主も目を覚ます。
「おはよ、アローンさん。大きな声出してどうしたの?怖い夢でも見たの?」
巨大な熊に抱かれながらも平然としているウィズにアローンは困惑する。
「お、お前、なんで平気なんだよ」
「ここね、この子のお家だったみたい。昨日の夜帰ってきて、私たちのこと温めてくれたの」
そういい、主の頭を優しく撫でるウィズ。主も幸せそうに喉を鳴らす。
「そ、そうか。大きな声出して悪かったな。見かけによらず、いい奴なんだな」
そういい、目の前の巨大な熊に手を伸ばすアローン。主は悪戯心が沸いたのか、アローンに向かい一吠えする。
「ウォン!」
手を伸ばしたアローンにたちまち鳥肌が立つ。その様子を見て笑うウィズ。主も嬉しそうにウィズに頭を擦り寄せている。
「クソ、俺にはやな奴だった」
そう言い、いじけながら朝食の準備をするアローン、もうしばらく行けば次の町だ。アローンは持っていた食材を全て鍋に放り込む。
「ほら、やっぱりアローンさん良い人」
ウィズはそう呟きながらほほ笑んだ。
二人と一頭で鍋いっぱいに作った煮物を平らげる。とはいえ、そのほとんどは巨大な主の腹の中に納まったわけだが。
そして二人は荷物をまとめ再び旅に出る。
洞穴を抜けると嵐は過ぎ去り、雲一つない晴天が二人を待っていた。
歩き出した二人を惜しむ様に背後から勇ましい咆哮が聞こえる。洞穴の主が洞穴の外まで二人を見送るようにやってきていたのだ。
主に対し、大きく手を振るウィズ。アローンも口の端を吊り上げて愛想を飛ばす。
そしてまた二人の旅は続いていくのだ。
「なぁ、あのな……」
「なぁに?アローンさん」
「その……それなんだが……」
「ん?なに?」
「そのアローンさんって言うのな」
「うん」
「アローンでいい」
「だからアローンさんって言ってるよ」
「いや、だから、さんは要らねえ。アローンだけでいい」
「ふふふ、アローン」
「なんだ」
「呼んだだけだよ」
「そうか」
TIPS
自然の動物:この世界の動物たちは地球とあまり大差ないものの、肉食性の動物や、大型の動物はより体高高くより狂暴である場合がほとんどである。




