2話 女探偵と欲望の町 その1
「はぁ、ここ……どこだ」
うんざりした声で周りを見渡すアローン。
「わかんないけど、結構歩いてきたし、もうすぐ次の町見えてくるよ」
アローンの横でニコニコしながら返答する少女ウィズ。
二人は今、道に迷っていた。荒野の町から次の町までは通常であれば徒歩でも1日も歩けば裕に着くはずの道のりを二人はもう3日も彷徨っていたのだ。
その原因はウィズは道中の至るものに興味を示し、アローンは不意に脇道へと入っていく。
二人とも典型的な方向音痴だったのだ。
「だいたい、なんで付いてくんのに地図の一つも持ってないんだよ」
もう何度目であろう質問をウィズに投げかける。
「だって、町の外に出るの初めてだったんだもん」
ウィズもこれまた何度目であろう返答をアローンに返す。
「クソ、こんなんじゃ、また今日もコーラはお預けか」
アローンはガックリと肩を落としぼやく。その手には結局押し付けられてしまったウィズの重たい荷物がある。
「コーラって美味しいの?」
「はぁ?お、お前、コーラ飲んだことないのか。お前どうやって動いてるんだよ。可哀想なやつだな」
アローンはウィズに憐みの視線を送る。
「だって、飲んだことないんだもん」
ウィズはその皮肉な視線を意に介せず返す。
「しかたねえ、今度買ってやるよ」
アローンは流石にコーラを飲んだことがないという目の前の少女が可哀想になったのか似合わないことを言う。
そんな奇行が功を奏したのかやっとのことで二人は道らしき道へとたどり着いた。
「ほら、やっぱり出てこれたでしょ。私、運は良いんだから」
謎の確信に満ちた口調でウィズは胸を張る。
「でももうすぐ日も暮れちまうぞ。今日はこの辺で野宿か、町まで夜通し歩くか、どうする?」
もう日は地平線に傾き、時期に夜の暗闇が辺りを包み込むことになる。アローンがウィズに問いかけたその時。
「はーい。久しぶりじゃない!」
この世界では珍しいスポーツタイプのオートバイにまたがる女性が声をかけた。
「お、お前は」
その女性の姿を見るやアローンは目を丸くして声をあげる。
銀色のパンツスーツ姿に、短くカットされた銀に近い金髪、さらには大きめのサングラスと紫の口紅。
まさにウィズとは対照的な大人の女性がそこにはいた。
「クラリスか。なんだ、こんなところで何してるんだ」
「荒野の町に緋雨の竜が出たって聞いたから探してたのよ。まさか、まだこんなところウロウロしてるとは思わなかったけど」
そう言いながらクラリスは薄く微笑む。どうやらアローンに用があるようだ。クラリスはバイクを路肩に停め二人と共に道を歩く。
「ところで、この子は……あなた、まさか人さらいを……?」
クラリスはウィズを一瞥した後怪訝な表情でアローンを見る。
「違う。前の町から付いてきたんだ。誘拐なんて俺はしてない」
アローンは面倒臭そうに言い訳をする。
「わかってるわよ。私はクラリス。探偵業をしてるわ。あなたは?」
クラリスは、アローンの袖を掴みながら恐縮しているウィズに話しかける。
「ウィズです。アローンさんのご主人です」
「はぁ!?」
ウィズの言葉にアローンとクラリスは同時に声をあげる。
「アローン、あなたって人は、こんなお嬢ちゃんに……」
「待て!誤解だ!ウィズ!変な言い方はやめろ!ただの護衛だ!」
肩を震わせながら迫るクラリスにアローンは声を張り上げながら自らの潔白を主張する。
「護衛?あなたが?まさか!?」
クラリスは驚きとも呆れともつかぬ様子で二人を見る。
「本当です。アローンさんは私の護衛です。だから、私はアローンさんの主人なんです」
三人で道中を歩きながらウィズは事の成り行きをクラリスに説明する。
「……なるほどねぇ。しかしまぁ、緋雨の竜を護衛に付けるなんて、ある意味最強の護衛ね」
「その、ひさめのりゅうってなんですか?」
ウィズがクラリスに尋ねる。
「あ、あなた、知らないでこの男に護衛を頼んだの?って言うか、緋雨の竜知らないってどういうこと?今時子供でも知ってる語り草よ」
「こいつは常識知らずで、世間知らずなんだよ」
アローンが顎でウィズを指して言う。
「そんなことないです。アローンさんの方が世間知らずです。道端で急に寝るし」
ウィズが反論する。その様子を苦笑いで見ていたクラリスが表情を直し語る。
「あのね、ウィズちゃん。緋雨の竜って言うのは史上最悪の極悪人と呼ばれている賞金首なのよ。最も罪の重い人間に対して出される世界手配書。その手配書には王都発行の物と帝都発行のものの2種類があるの。それくらいは知ってるでしょ?」
クラリスの説明にウィズは首を傾げる。クラリスはこめかみに手を当てて説明を続ける。
「そ、それでこのアローンは緋雨の竜としてそのどちらの世界手配書にも名前を連ねているのよ。そしてその賞金額も史上最高額。この世で最も最低最悪の極悪人なの」
「おい、なんか説明に悪意を感じるぞ」
クラリスの忌憚ない説明にアローンは抗議の声をあげる。
「事実なんだから仕方ないじゃない。それに……」
そしてクラリスはアローンに耳打ちをする。
「この子に一緒に旅をするのを諦めてもらういい機会じゃない」
クラリスの提案にアローンはため息で了承を告げる。
「でもアローンさん、賞金稼ぎしてるじゃないですか。賞金首の人は賞金稼ぎなんてできないです」
ウィズは尤もな事をクラリスに聞く。
「アローンの手配はね、特殊なのよ。アローンの手配はONLY DEADなのよ。生きてるアローンを捕まえても意味ないの」
「それでもアローンさんが警察署に出入りしたら普通、賞金首なんてすぐに捕まっちゃいますよ」
ウィズの疑問にクラリスはここぞと語る。
「誰もアローンに手を出そうなんて思わないのよ。あなた、9年前の帝都の王都侵略戦は流石に知ってるわよね」
「それは知ってます。確か、父さんも技術者として参加してたと聞いてますから」
「その王都侵略戦、一番戦いの激しかったゴバ砦の攻防戦……
王都から精鋭含む一万二千の兵隊。帝都からは二万の兵隊。そのどちらも一夜にして壊滅。生き残りはほとんどいなかったそうよ。
生き残りはわずか救護班にいたものと武器を持たない数名のみ。
その目撃者の証言によると、赤い一匹の竜が暴風のように通った後は武器を持った兵士はみな惨殺されていたという事らしいわ。
戦場を彷徨う全身を返り血で真っ赤に染め上げ、後ろ姿の竜の刺繍が赤い雨を降らせているように見えたらしいの。
それでついた名前が緋雨の竜。そして、私たちの隣を歩くこの男こそ、伝説の緋雨の竜本人ってわけ」
クラリスの説明にアローンは終始憮然顔。ウィズはなにを考えているのか、少し俯きながら唸った後、何かを納得したかのように言う。
「へぇ、なんだかカッコいい!」
ウィズの言葉にクラリスとアローンはがっくりと肩を落とす。
「アローンさん、気に入ってないの?」
アローンの様子にウィズはきょとん顔で尋ねる。
「俺にとっては……忌み名だ」
アローンは苦虫を噛みつぶしたような顔で目を逸らす。
「そしたら私がもっといいの考えてあげるね!」
ウィズはにっこり微笑むとそう言い放った。
「はぁ……もうあなたがいいならいいわ。それで。ところで、私の依頼の件もそろそろ話したいのだけれど、あなたたちのいく次の町、ワイズロッドってところなんだけど……別名、欲望の街と呼ばれているの」
「欲望の街……ですか」
ウィズは合点のいかない顔をする。
「カジノ街ってことだろう。そこで負けに負けた奴らが荒野の町に落ちてくる。だからあそこは町の名前もなかったんだろう」
アローンの説明にクラリスは人差し指を立て相槌を打つ。
「そこの、とあるカジノのオーナーが偽札を刷って儲けているらしいの。かなりの重罪よ。ただ、残念ながら証拠がないの」
「そこで私に来た依頼はそのカジノで使われている偽札の原版を手に入れること。あなたにはその補助をして欲しいの」
「なんだってそんな面倒臭い。そんなん、行って斬っちまえばいいじゃねーか」
アローンは頭を掻きながら気だるげに言う。
「そんな気もないのにおいわないで。それにそこのオーナーのリッチはまだシロよ。善良な一般人を殺すわけにはいかないわ」
「あなたはカジノで目立って注意を引き付けてくれればいいのよ。どう?破格の条件でしょ?」
アローンは少し考えてからその依頼を受けることにした。
「私もなにかしますよ」
ウィズが手をあげる。それを見たクラリスは顎に手を当て少し思案する。
「ウィズちゃんは私と行きましょう。私の手伝いをしてもらうわ」
クラリスの提案にウィズは不満の表情を漏らす。
「アローンさんと一緒が良かった……」
その言葉にクラリスは眉を引きつらせながら答える。
「ダメよ。人質にでもなったら厄介だわ。私と一緒。いいわね」
そういうとウィズはしぶしぶ了承した。
「じゃ、アローン、刀を預かるわ。カジノ内は武器携行禁止よ。あなたの獲物は派手すぎるわ」
そう言いながらクラリスは腕時計を操作する。アローンもカジノに刀を預けるよりクラリスに預ける方が得策と判断したのか素直に刀を渡す。
「わ、すごい!ペットみたい」
ウィズが感嘆の声をあげる。先ほどクラリスが停めたバイクが独りでに走って三人の元へとやってきたのだ。そのバイクにクラリスはアローンの刀を括りつける。
「あなた、いい直感してるわね。そう、この子は私の最愛のパートナー」
そう言いながらクラリスはバイクを一撫でした。
「さて、ここが欲望の街ワイズロッドよ」
二人が顔をあげると先ほどまで暗闇に包まれていた街道の先にまるで昼間のような灯りに包まれた町が現れた。
「わぁ、綺麗な街」
ウィズは感動の声をあげる。
「見た目はね。じゃ、早速今夜決行するから。しっかり付いてきなさい」
そういい、クラリスは町に向かいバイクを走らせた。
TIPS
世界大戦と王都侵略戦:世界を二分する王都と帝都。二つの都市は、長年 戦争や小競り合いを繰り返してきた。十年前に勃発した王都侵略戦。帝都が起兵し王都に対して大規模な侵略戦を仕掛けた。結果として未だ休戦中のこの戦争で、双方壊滅的な被害を被ることとなった。
古代文明の遺物:クラリスのバイクのように現代の技術を大幅に超える未知なる機械や道具。存在そのものが貴重であり、それを求める探検家も多い。また、過去に戦争の火種となった遺物も存在する。