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14話 王都防衛戦 その3

王城を出ると、城下町のところどころでは煙が上がり、事態がいかにひっ迫しているかを伺い知ることができた。

 先ほどまで遥か上空を飛んでいた飛空艇の高度がかなり下がってきていることに気付く。

「奴ら、飛空艇を広場に着陸させる気か」

「アローン、広場に行こう」

ウィズの提案に無言で了承を返すと、広場への道を一直線に駆けていく。

広場へ下る長い階段へ差し掛かった時、飛空艇に一人の人影をアローンが見つける。

「あれは……メッシュ!」

 それは紛れもなくアローンの兄、メッシュの姿だった。足元まである黒のロングコートにアローンとは対照的に伸ばされた長い髪、アローンと同じ黄金の瞳、そして、背中には赤い竜の刺繍。

「ウィズ、広場で待ってろ! 俺は……あいつに聞くことがある」

「わかった。アローン、気を付けてね」

 アローンはウィズを降ろし、勢いよく階段を駆け下り、最大限に足のばねを溜める。跳躍と同時に大太刀を地面に押し付け、飛空艇に向かい一直線に跳んでいく。

 アローンがまさに飛空艇に到達しようというその時、飛空艇から一人の人影がアローン目がけて飛び降りる。紛れもないアローンの兄、メッシュだった。

「メッシュ!」

「久しぶりだな。アローン」

二人の刀が交差する。アローンは大太刀に勢いを乗せて切り上げる。メッシュは赤い刀身の打ち刀をアローンに斬り下ろす。二本の刀は火花を散らし、爆炎を上げる。

「ちっ!」

爆炎に弾かれたアローンは空中で体制を整える。再びメッシュはアローンに刀を振り下ろし、アローンは大太刀でその斬撃を受け流す。

「お前には聞きたいことが山ほどある! どうして父と母を殺した! どうしてみんなを裏切り、姿を消した!」

「お前に説明したところで、お前に理解ができるのか? お前は納得が出来るのか? お前に、理解できるはずがないっ!」

 メッシュは高速の突きをアローンに向かって繰り出す。炎を纏った剣閃がアローンを襲う。

「音無は抜かないのか? そんな模造品でお前に何ができる。そんなことでこの炎帝の一撃を止められると思っているのか」

 メッシュは赤い刀身の、炎帝をアローンに叩き込む。

ドン!

 かろうじて刀身で攻撃を受け止めたアローンだが、再び爆発が起こり、爆風をもろに受け、地面に叩きつけられる。

「さすがに頑丈だな。これくらいでは死なぬか」

メッシュはふわりと着地する。

「なぜ秘術を広める。お前の目的は一体なんだ!?」

 アローンは砂煙の中ゆらりと立ち上がり、メッシュへ大太刀を向ける。

「……世界を作り変えるためだ。」

「なに!?」

 メッシュは炎帝を鞘にしまい、語りはじめる。

「この世界の姿をあるべき姿へと戻す。秘術とはもともとそのための技術なのだ。お前も見てきただろう。文化も経済も乱雑で、秩序も安寧もない。人々は今を生きることだけを考え、明日に希望を抱くこともない。人々の生活は少数発掘される遺物に支えられ、何かを生み出す力もない。これではどのみち近い将来、人は滅びゆく運命だ。ならば、この世界を作り変え、本来あるべき自由と秩序のある理想郷へと作り変えるのだ」

 メッシュの目的は世界を作り変えること。しかし、アローンは納得できようはずもない。

「そのために父と母を石に変え、ママさえも裏切ったというのか!?」

「お前に理解できるはずはない! お前も今をただ浪費している。父も母も真実を胸に隠し、俺たちを欺いていた。マリルもそうだ。彼女もずっと血の道を歩んできた。血の河を泳いで生きてきたのだ。俺はそんな世界を粛正するのだ!」

 メッシュは炎帝を引き抜く。赤い刀身は炎を纏い、ますます紅く燃え上がる。

「それは違う! 父も母も、秘術は忘れ去られるべき技術と判断した。だから胸の中に秘匿した。ママも世界を失われた氏族の力を集結せんが為に、茨の道を歩んできたんだ。そして……」

 アローンの脳裏に一人の少女が浮かぶ。

「人は希望を捨ててなんかいない! 明日に絶望などしていない! ただ己の都合で彼らの夢を奪っていい理由にはならないんだ!」

 アローンは大太刀をメッシュに向けて身構える。

「所詮は兄弟とて違う道を征く者よ。我らは言葉では語れまい。来い!」

 メッシュも炎帝を構える。

「最後に聞かせろ。なぜ俺に、生命の実を宿した」

「生命の実の本質は保有者の命を長らえさせることではない。保有者は生命の実の器なのだ。お前はただの器に過ぎん」

メッシュの言っていることを理解したわけでもない。ただ、内から湧き出る衝動がアローンを突き動かした。

左足で地面を強く蹴る。風が消え、自らが風となる。大太刀を逆袈裟から切り上げる。全力渾身の一撃。対するメッシュは炎帝を渾身の力で振り下ろす。

ドォン!

大きな光が二人を包み込む。光の中、キラキラと舞う白い刀身。そして赤。メッシュの炎帝がアローンの大太刀を砕き、アローンの胸に大きな裂傷を与える。斬られたアローンはその場に倒れ込む。メッシュは炎帝を逆手に持ち、アローンへと振り下ろす。

「せめてもの情けだ。苦しまさずにあの世へ送ってやろう。さらばだ。兄弟!」

***

 大通り、少し前。

「ほらほらほら、もっときれいに舞いませんと、すぐにバラバラになってしまいますわ」

「ほらほらほら、もっと華やかに跳びませんと、すぐに穴だらけになってしまいますわ」

 二人の姉妹に翻弄され、クラリスは苦戦を強いられていた。バイクには緊急を知らせる信号を送ったが、みな手いっぱいなのだろうか。当分救援は期待できそうにもない。

 糸を何とか操りシャルドネの銃弾を逸らす。しかし、すぐに糸は姉のメルローによって斬られてしまい、攻勢に移ることも難しかった。

「だめよ。だめだめ。逃げてばっかりじゃ。私達、血が見たいのですもの」

「そうよ。だめだめ。貴方の血が見れないなら、他の人の血を見なくちゃいけないわ。」

メルローは散弾の銃口を隊員に向ける。

「くっ!」

クラリスは糸を隊員に伸ばし、なんとか散弾が来る前に隊員たちを引き寄せる。

「あなたたち、邪魔よ。退却なさい」

切羽詰まった声で隊員たちに退却を命じる。

「し、しかし隊長……」

「行きなさい!!」

 躊躇する隊員を叱咤し、その場から退却させる。

「あらあら、あなたって、本当に優秀なのね。もう一度あなたの名前、聞かせてほしいわ」

「あらあら、あなたって、本当に勇敢なのね。もう一度あなたの名前、聞かせてほしいわ」

 二人の姉妹はクルクル回りながら、からかう様にクラリスを挑発する。

 クラリスは二人の挑発に乗らず、しかし、この分の悪い状況をいかに打開するかを考えあぐねていた。

「さぁ、もうお終いにしましょう。綺麗なお猿さん」

「さぁ、もうお終いにしましょう。愉快なお猿さん」

 二人の姉妹が一斉にクラリスに攻撃する。散弾と大鎌の波状攻撃。クラリスはいよいよもって打つ手無く、目を閉じた。

バンバンバンバン!

 背後から四発の銃声が聞こえるとともに、二人の姉妹が吹き飛ぶ。

「空がえらいことなっとる思て飛んできてみたら、こらどないなっとんねん」

 聞き覚えのある声に、見覚えのある長髪のシルエット。

「あなたは!?」

 シルエットは屋根を飛び降りクラリスに駆け寄る。

「久しぶりやな。クラリスはん。天下の王都の空にどえらい飛空艇が見えたから来てみたら、えらいピンチやんか」

 ジャックが二丁の拳銃をクルクルと回しながら空になった弾倉を装填する。

「あなたは、ピースメーカー!」

「俺はどっちの相手をしたらええんや?」

 クラリスに、にかりと笑いながら問いかける。

「大鎌の相手をしてもらえる? 動きを止めてもらえるだけでも十分よ」

「了解」

 ジャックはぐっと顎を引き、臨戦態勢を取る。

「ふふふふ、本当に可愛げのないお猿さん」

「ふふふふ、本当に憎たらしいお猿さん」

 姉妹は額から流れる血を拭うと、鏡写しのようにぺろりと舐めると、二人の顔から余裕の笑みが消える。

「殺す!」

「殺す!」

 姉妹は地面を強く蹴り、武器を構える。

 シャルドネの散弾で牽制を放ちつつ、メルローの大鎌での一撃を狙う得意の波状攻撃。

 ジャックとクラリスは左右に分かれる。その時、ジャックが姉妹の間に一発の銃弾を撃ち込む。姉妹の間に隙間ができるとクラリスはすかさず糸を展開し、それを切断しようと大鎌を振るうメルローにはジャックが発砲し、それを阻止する。

「くっ!この……」

「猿の分際でぇ!」

姉妹は明らかに苛立っているのが見て取れた。

シャルドネがジャックに散弾銃を向ける。

ドン!

「あなたの相手はこっちよ」

 クラリスの糸がシャルドネの照準をメルローに向ける。放たれた銃弾は至近距離でメルローに直撃し、彼女は悶絶する。

「シャルドネェェェ!!」

「ご、ごめんなさい。お姉さま」

メルローは感情のまま妹に向け大鎌を振るう。

バン!

「おっと、そんなことしたら可哀想やんか」

大鎌を持つ腕をジャックが打ち抜き、メルローは腕ごと大鎌を取り落とす。

「お姉さまぁぁ!! ……あれ……か、身体が……動か……ない」

シャルドネはクラリスの糸に絡めとられ、指一本動かせなくなる。

「これでチェックメイトや」

 ジャックはメルローの上に馬乗りになり、額に銃口を突き付ける。

「あなたたち、私の名前が聞きたいって言ってたわね。私は王都騎士団第二大隊隊長クラリス。人呼んで銀のクラリス。さらに人は私をこう呼ぶわ……銀糸のクラリス」

 名乗りを上げると、クラリスは両腕を強く引く。シャルドネは糸に引き切られ、その五体をばらばらと地面に落とした。

「シャルドネェェ!」

 メルローは落ちた腕を掴み、上に居るジャックに斬りかかる。

「もう……やぶれかぶれやんけ……」

バン!

 ジャックの銃口が火を噴く。メルローは額を撃ち抜かれ、その頭を地面に落とした。

 姉妹との戦闘を終えた二人だが、状況は依然差し迫っている。

「これはどないなっとんや?」

「わからないのよ。突然空に飛空艇が現れて町中に敵兵が……。そうよ、町中の敵を掃討しないと。あなたも手伝ってもらえるかしら」

クラリスはジャックに協力を要請する。

「おぉ、それなんやがな、多分そっちは大丈夫ちゃうか?」

「え、それってどういうこと……」

ドォン!

その時、飛空艇の下で爆炎が上がる。

「な、なんや!」

二人が爆炎に気を取られたその時……。

「あーあ、酷い目に遭いましたわ」

「あーあ、殺しそびれましたわ」

 倒したはずの姉妹が起き上がる。切り刻んだ五体も、吹き飛んだ腕も、大きく穴をあけた額も、すべての傷がなかったようにくっついている。

「ど、どういうことなの? 体が……。もう治ったっていうの?」

 二人はつまらなそうに自らの武器を拾い上げると、とぼとぼとジャックとクラリスに背を向ける。

「次は……」

「次は……」

「バラバラにして差し上げますわ」

「蜂の巣にして差し上げますわ」

 片目を二人に向けると、そう言いのこし、飛空艇の方へ姿を消した。


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