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13話 罪

***


ガゼットもルークも固唾を飲んでアローンの話に聞き入っていた。

 あの日の壮絶な真実。アローンの竜を目覚めさせたのは王都兵だった。

「やはり。そうだったのか。私が聞いていたのは、お前が突如殺戮に目覚め、王都兵、帝都兵、全てを見境なく殺害したという報告だった。しかし、お前の口から語られたのは別の事実だった」

 ガゼットの声色は、幾分の安堵の音を含んでいた。

「全てを信じろとは言わない。だが、俺の知っている事実は、今話した通りだ。それに、俺に罪がないとも思ってはいない。俺は仲間を殺害した王都兵以外の兵たちも殺めている。それも、記憶もないままに。ただ、この手にだけは鮮明に殺戮の感触が残っている。」

「そして王都も帝都も大きな軍事再編を余儀なくされた。その頃だよ。俺の父が逝ったのも。」

 ゴバ砦の防衛戦のすぐ後のことだった。先王が急逝。そして、当時まだまだ若かったガゼットが王となり、今に至るのだが、その政策はなかなかに苦労を要した。

「俺は人民派だからな。貴族の反発には遭うし、出した法令もすぐに握りつぶされる。挙句の果てには陰で愚王とまで呼ばれる始末だよ。だがな、国とは人なんだ。いくら立派な城があろうと、いくら広大な領地があろうと、民が安心して暮らせない今を変える必要がある。一部の人間が富を独占していてはいけない。お前のしていることはクラリスから聞いている。悪人を斬り、その賞金を育った孤児院に送っているそうだな。今の王都にはお前のような人間が必要なんだ。騎士団に帰ってこないか?」

 ガゼットはアローンの両肩にガシッと両手を突く。

「俺は……すまない。騎士団に戻ることはできない。それに、俺は大犯罪者だ。俺のような者を囲っていると王都として示しが……」

 珍しくアローンが弱気な声を出す。

「お前ならそう言うと思っていた。だが、罪を背負っているのはお前だけじゃない。父の急逝。あれは俺がしたことだ……。父は防衛戦の後、徴兵を取ろうとしていた。当時の民の生活はどうだ?みな貧窮し、飢え、親を亡くし、兄弟を亡くし、それでもまだ、父は戦争を続けようとしていた。だから俺は父を殺したのだ。」

「お、お前……」

 アローンは言葉を失う。

「俺だけじゃない。ここに居るルークも俺と同じ業を背負っている」

 アローンはルークを見る。あどけない顔で不思議そうに見上げる中性的な少年。この少年のどこにそんな業があるように見えようか。

「俺たちはみな罪を背負っている。だからお前が気を遣うことはない。戻って来い。騎士団に」

ガゼットの手に一層の力が籠る。

「お前の考えはよくわかった。お前の覚悟も。だけど……。それでも俺は騎士団に戻ることはできない。俺にはまだ、やらなければならないことが残っている。それに……俺にもやりたいことが出来たんだ。だから、俺は騎士にはなれねぇ」

「そうか。お前は変わったな。クラリスから聞いていた通りだ。昔と比べても人間らしくなった」

 ガゼットは優しく微笑むと拳でアローンの胸をコツンと突く。お互いに顔を見合わせると二人とも自然と笑みが零れた。


 その時だった。

「勝手に納得されては困るのですがね。王様」

二人が話す部屋の戸が大きく開かれ、貴族大臣のデーテ。その隣には第一騎士団長グランデ。そしてその腕にはレイラが抱えられていた。

「デーテ大臣! それにグランデ! お前たち、盗み聞きか!? 一体どういうつもりだ!?」

 ガゼットが叫ぶ。

「おっと、動くなよ? この娘の首がポキッといっちまうぜ?」

 咄嗟に身構えたアローンにグランデはレイラの首を掴み、脅しをかける。

「なんてことを!? その娘に手を出すことは許さん!」

「おやおや、そんなことを言っても王様、もうあなたの言葉に傅く必要なんてどこにもないんですよ。貴方を先王殺害の容疑で告訴します」

 デーテは得意げにガゼットを指差す。

「人質を取るようなゲス野郎が告訴だと。笑えない冗談だ」

 アローンがデーテに向けて言う。

「極悪人の大罪人が何を言おうと痛くも痒くもないわ。それにこの娘にも帝都より反逆罪で捕状が出ておる。」

「何!? レイラ姫に捕状だと? そんな馬鹿な!?」

 ガゼットは憤慨する。

「それも当然のことでしょう。敵である王都に帝都の軍備情報を垂れ流したのですからな」

デーテは指をチッチと鳴らしながら得意気に言う。

「貴様、デーテ! いつから帝都の犬になったのだ!」

「犬? 違いますよ。これは解放ですよ。無能な愚王からの解放です。その為にまずはあなたたちの犯罪を断罪し、この国を綺麗にするのです!」

 デーテがそう叫び、高らかに手を掲げる。その時だった。外から警報が鳴り響く。敵襲を知らせる非常警報。その警報が鳴り響いた。

「うおぉぉ!」

 その警報の一瞬の隙を突いてアローンが音無を居合抜く。レイラを抱えるグランデの腕を切り落とし、素早くルークを片脇抱えるとレイラをさっと抱え、グランデの脇を走り抜ける。ガゼットもアローンに続き走る。

「ま、待て! この!」

 デーテとグランデを出し抜き城内を走る二人。

「どこに向かう?」

 アローンは両脇にルークとレイラを抱えている。王都中に響き渡る警報が余計に気を逸らせる。

 窓の外を見ると、どこから現れたのか巨大な飛空艇が王都上空に浮かんでいるのが見えた。その巨大な船影を先ほどまで発見できなかったなど信じられないほどだった。

「謁見の間に急げ! 王都側に付いている騎士団を招集する!」

ガゼットは既に息を切らせながら言う。

「アローンさん! 僕、剣を取ってきます。あれがないと……」

 ルークはそう言うと僅かに身じろぎする。アローンはそれには逆らわず、すっとルークを降ろす。

「大丈夫なのか?」

「大丈夫です。ちょっと行ったところなので、王とアローンさんは先に謁見の間へ!」

 そう言うとルークは自室へ向かい、駆けていった。

 謁見の間に着くとすでにガゼット側に残ったとみられる騎士団は集結していた。しかし、その顔ぶれはみなイーブンナイトであり、本来武芸の秀でたオッドナイトは一人もいなかった。そして、そこにはクラリスの姿も見えなかった。


***


 数刻前。謁見の間にてアローンとガゼットを無事引き合わせたクラリスはウィズとの約束を果たす為、王都従軍名簿を調べていた。昨晩から続けている作業とはいえ、自身が赴任する以前、かれこれ二十年分の資料を読み漁ってもチャド・クライマーの情報は露ぞ出てこない。

「おかしいわね。戦中どころか、戦前の資料にも名前が載ってないなんて。本当にいたのかしら」

 ブツブツと小声で文句を言いながら資料を漁る。書類をまとめて揃えていると一枚の紙が床にはらりと落ちる。それは古い一枚の手配書だった。

「あら……これって、どういうことなの……」

 クラリスはそれを拾い上げると言葉を詰まらせる。


 指名手配。チャド・クライマー。人体錬成。倫理法違反の罪。国際法典により全世界指名手配とする。

 ウィズの父親が指名手配。それもこの世界でもっとも罪の重い国際法典違反。クラリスは手配書を震える手で折りたたむとポケットへと押し込む。

 資料室から出たクラリスは、いてもたってもいられず走り出した。言葉にできぬ不安が彼女を突き動かしたのだ。

 城門を出て少し乱れた息を整える。すると城内の方から息を切らせたウィズが走ってきた。

「あ、クラリス……さん」

 少女は今までになく弱々しい声で、クラリスに声を掛ける。クラリスも先ほど目にした手配書のことがあったため、どうにもバツの悪さを感じたものの、ウィズの今まで見せたことのない弱々しさが気になり、少女と城下町に向けて歩き出す。

「アローンと一緒じゃなかったの?」

 ウィズは胸に手を当てるだけで、答えあぐねている。しかし、その態度が雄弁に語っているのだ。


ああ、この子は彼の真実を知ってしまったんだな。


 クラリスも一旦はそれ以上の追及をやめる。

「クラリスさんは、アローンの事、知ってたの?」

 それはもちろん、アローンがその体内に生命の実を宿している事だろう。

「……ええ、知ってたわ」

 ウィズはその答えを聞くと、そっか。と一言だけ呟くと、また無言に還る。

「……生命の実を求めることは、悪いことなのかなぁ?」

 この子はまだ罪を知らない。いや、きっとこれが初めて知った罪なのだ。だからこそ、彼女の中の良心がせめぎ合っているのだろう。

「なにかを求めることは悪いことではないわ。あなたの求めるものはあまりにも大きな代償を必要とした。たったそれだけのことよ」

 クラリスはウィズの頭を優しく撫でる。

「そういえば、クラリスさん、父のことは何かわかりましたか」

 ウィズの唐突な質問。それに答える覚悟をクラリスは持っていなかった。しかし、彼女は少女に真実を告げることにした。ポケットから先ほどの手配書を取り出し、ウィズに手渡す。

「城の資料室で見つけたの。過去三十年近い名簿の中にあなたの父親の名前はなかった。そして、これを見つけたの」

 ウィズは言葉を発することはなかった。ただ、虚空のような目でその手配書を眺めていた。


 その時だった。空に巨大な魔法陣が現れたかと思うと魔法陣から巨大な飛空艇が姿を現した。同時に響き渡る非常警報。

「これは!?」

 クラリスが空を見上げると同時に飛空艇からばらばらと黒い影が降下する。それは雨のように降り注ぐ敵兵の影だった。

 クラリスは腕時計を操作すると、ウィズに告げる。

「私はこのまま迎撃に向かう。ウィズはアローンと合流して!」

 そう言うが早いか、クラリスの愛車のバイクがウィズの傍にやってくる。

「しっかり掴まってなさいよ!」

 そう言うと再び腕時計を操作する。ウィズを乗せたバイクは王城に向かって走り出した。



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