8話 ママと孤児院 その1
ホットスプリングスを出たアローン一行。
もう王都は目前に迫っていたのだが、アローンの進路は王都ではなかった。
「こんな辺鄙なとこ、何があるんや?」
ジャックはしかめっ面で先を歩くアローンに問いかける。
確かに王都はもう見えているのにそこから離れた何もない原っぱをひたすらに歩いている。
「さては迷ったな」
アローンはジャックを無視してただひたすら歩く。もうウィズやレイラは慣れてきたのかもしれないが、デージーたちにはそのペースは少々辛いようで、徐々にアローンとの距離が開いていく。
「…飯にするか」
アローンはその様子をチラリと一瞥すると何かを諦めたように提案する。
デージーたちは待ってましたと言わんばかりに荷物の中から食材やら鍋などを引っ張り出す。
ウィズとレイラも火を起こす準備に取り掛かる。
「なぁ、あんた。どこに行こう思っとんや?王都はもう見えとんのにずっとうろうろしっぱなしやで」
ジャックの再三にわたる問いかけにアローンは遂にバツが悪そうに答える。
「孤児院だ。確かこのあたりだったと思ったんだが……」
「孤児院? 確かにあの子らにはゆっくり安らげる場所は必要やもんなぁ。」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
アローンの歯切れの悪い態度に、ジャックは納得いかないようで口を尖らせる。
やがて、一行の前に一台のバイクが現れる。
「はぁーい。お久しぶり。アローン。って、随分お供が増えたのね」
バイクの主はクラリスだった。
「だ、だれや? このベッピンさんは」
ジャックがアローンに詰め寄る。その頬は心なしか緩んでいる。
「私はクラリス。探偵よ」
そう言ったクラリスのすぐ後ろからウィズがすかさず顔を出す。
「お久しぶりです。クラリスさんは王都の騎士団長さんなんだよ!」
一瞬で正体をバラされてしまったクラリスの顔からサングラスがずり落ちる。
「はぁー!?な、なんで騎士団長が緋雨の竜と知り合いなんや。そんなんあかんのちゃうんか?」
ジャックは大げさに飛び跳ねて驚く。レイラも、声には出さねど驚きを隠せないでいる。
「あなた、ピースメーカーね。噂は聞いてるわよ。すごい活躍みたいね。それに……」
クラリスはレイラの方を向く。レイラは反射的に視線を逸らしてしまう。
「あなたが帝都の第五皇女様ね。はるばる王都まで、ようこそお越しくださいました」
レイラの正体を当然のように言い当てたクラリスは恭しく頭を下げる。
「や、やめて頂戴。ふ、普通で良いのよ」
レイラも思わずたじろぐ。ジャックに至っては腰が抜けてしまったのか、地面に尻餅をつき口を大きくだらしなく広げている。
「クラリスも食べていくだろ?」
アローンがそう言うと、ウィズはウキウキとクラリスの分の食事も用意する。
全員で鍋を囲みながらこれまでの旅の話をする。主にウィズによって。
クラリスはその話を真剣に聞きながら、その都度思案に耽ったり、聴き流したりしていた。
「ところでアローン、こんなところにいるってことは…」
「そうだ。ママのところに行く」
「ママ? アローンのお母さん?」
ウィズが不思議そうにアローンを見る。
「育てのな」
「ほんなら、さっき言うとった孤児院て」
ジャックの問いかけにアローンは答えず代わりにバツが悪そうに頭を掻く。
「なんや、里帰りかいな」
「どうせ道に迷ってたんでしょ。連れて行ってあげるわ」
食事後、クラリスに先導され、一同は少し小高い丘を登っていく。
しばらく歩くとその建物は見えてきた。古い教会の廃墟を改装したような質素な見た目のそこは見晴らしのいい高台の上にあった。
遠くから子供たちが走り寄ってくる。
「アローンだ。アローンが来た」
瞬く間にアローンは子供たちに取り囲まれてしまう。
「アローン、大人気だ」
ウィズも驚きに目を丸くする。
「ママは居るか?」
アローンの問いかけに子供たちはみな一様に建物の方を指差す。
一行が指先の方を見るとひとりの女性がこちらに歩いてくるのが見えた。
その女性はアローンがママと呼ぶには余りにも若く、ぱっと見では三十路にも届かないくらいだった。
「ママ……」
「おかえりなさい。アローン。随分逞しくなって。」
にこりと女性は微笑むがアローンは強張っていく。かまわず女性はアローンの頬に手を伸ばす。
一通りアローンの頬を撫でまわした女性は一行を建物の中へと導く。
「なんや、優しそうな人やんか。あんさんの様子が変やから、どんな怪物みたいなやつが出てくるんかとビビったわ」
ジャックが小声で耳打ちしアローンを肘で突く。
「……怪物の方がマシだ」
アローンが小声で返事する。しかし、その言葉は女性にしっかりと聞かれていたようで、女性は笑みを崩さず言う。
「アローン、あなたの成長、後でしっかり見せて頂戴ね。お友達も一緒にね」
満面の笑みを浮かべる女性とは対照的にアローンが絶望の表情を浮かべる。
何も知らないジャックは、何とも言えない笑みを浮かべてアローンと女性を交互に見るのだった。
広間に着くと女性は一行にテーブルに着くように勧める。一行が卓に着いたのを見て女性は優雅に頭を下げた。
「みなさん、マリルママ孤児院へようこそ。院長のマリルでございます。気軽にママとお呼びください」
マリルに続いて、各々が簡単に自己紹介をしていく。それに対して、マリルは「あら!」や「まぁまぁ」など、聞いているのかいないのか、よくわからない相槌を打ちながら聞いていた。
一通りの挨拶を終えると、マリルは真剣な表情でアローンに向き直る。
「それで、アローン。メッシュとは再会できたのですか?」
ママの問いかけにアローンは答えずに俯くが、その表情はそれが達成できていないことを裕に語っていた。
「そうですか……」
「あの、メッシュってどなたですか?」
ウィズが手を大きく上げてマリルに問いかける。
「メッシュはアローンの実の兄です。アローンの唯一の肉親にして、すべての元凶」
「アローンの……お兄さん」
「メッシュは……」
「ママ……」
語ろうとするマリルをアローンは静かに制する。
マリルもそれ以上は語らず少し目を伏せる。クラリスも、おおよその事情は知っているようで、同じく俯き、テーブルの上に組まれた自身の手を眺めていた。
皆も空気の重さを察してか、それ以上の追及は誰もしない。
「ところで、ママさんよ。実は折り入って頼みがあるんやけどな」
話題を変えるようにジャックが切り出す。
「この子らなんやけど、ここで面倒見てもらうわけにはいかへんやろか?」
ジャックはデージー、ガーベラ、マーガレットの三人に視線を送る。
「いろいろ事情があるみたいね。良いわ。一人で生きていけるまでここで暮らしていけばいいわ」
マリルはあっさりと承諾する。
「そっかぁ。やっぱり厳しいかぁ。えぇ!?」
ジャックはこんなにもあっさりと快諾されると思っていなかったらしく、目をしばしばさせる。
「ここはみなしご達の憩いの場。どんな事情があれ、拒むことはしていないわ。」
マリルは再び優しい笑みを浮かべ、三人に視線を遣る。
「ほ、本当に私達、ここでお世話になってもいいのでしょうか?」
デージーが恐る恐る口を開く。
「ただし、家事の手伝いはいっぱいしてもらうわよ。」
マリルはそう言ってパチリとウインクして見せた。




