7話 買い物と金持ち姉妹
大所帯になったアローン一行。ホットスプリングスの町でまずはデージーたちの服を買う。エヴィンの屋敷で繋がれていたままの姿で連れまわすのは居た堪れなく感じたのだ。
「どうしてお前、付いてきてんだよ」
さも当然のようにアローンの後ろを歩くジャックにアローンは不満そうに言う。
「まーまー、ええやんか。旅は道連れ言うやろ?なんでも王都に向かっとるらしいやんか。ワイも王都に用があるんや。せっかくやねんから一緒に行こて」
ジャックはいつもの馴れ馴れしい口調でアローンを捲し立てる。
アローンは困ったようにウィズに視線を送り、助けを求める。
「いいんじゃないかな。荷物増えたらアローン大変。人手は多い方がいいと思うよ」
ウィズの返答にアローンはガックリと肩を落とす。
アローンはこういう時、ウィズに対してとことん甘い傾向があった。それはウィズが護衛の依頼人であるとか、そういう部分ではない何かシンパシーのようなものを彼女から感じていたのかもしれない。
服屋に着き、ウィズとレイラはデージーたち三人を連れて中へ入る。
そこにはアローンとジャックの二人が必然的に残される形となった。
無言のまま自販機へと歩いていくアローン。その様子を不思議そうに眺めるジャック。
しばし懐を探って手持ちがないことに気付いたのか、アローンはジャックのところまでやってきてジャックに片手を差し出す。
「なんや、この手は?」
ジャックはアローンに対して怪訝な顔を向ける。
「金くれ。コーラ飲みたいんだ」
アローンのなんとも幼稚な要求に毒気を抜かれたジャックは数枚の小銭をアローンに渡す。礼の一つも言わず、自販機に小走りに行き、コーラを幸せそうに飲む男を見て、この男が伝説の緋雨の竜であることを忘れそうになる。
「あんた、美味しそうに飲むなぁ」
ジャックはアローンの傍まで行き声を掛ける。
「……やらんぞ。欲しいなら買え」
つい今しがたジャックから金の無心をしたこの男はジャックから隠すようにコーラを懐に抱え込む。
「いや、いらんて。剣抜いとる時と随分雰囲気ちゃうなぁ」
「剣じゃない。刀だ」
アローンはジャックの認識を訂正する。
「カタナ?そういえばえらい変わった形やもんなぁ。そんなん二振りもどないしてん」
この世界では日本刀などない。あるのはせいぜい青龍刀のようなものがあるくらいで日本刀のような造りのある刀は非常に珍しいと言える。
「昔、知り合った男がくれた。俺がまだガキだったころにな」
アローンが自身の過去を語る。それは非常に稀な事であったがジャックはそのことを知る由もない。
「へぇー。ワイの銃はな、ワイの設計なんや。このシリンダーにな、込める弾で使い方も変わるんや。おもろいやろ」
隙あらば自分語りでジャックは自身の銃を解説し始める。どうやらアローンの刀には、さほど興味がなかったようだ。
アローンがジャックの解説を耳半分で聞いていると買い物に行っていたウィズたちが帰ってくる。
ウィズとレイラも新しい服を見繕ったのか両手に袋を抱えている。
そして、デージー、ガーベラ、マーガレットの三人は簡素な服ではあるが先ほどまで来ていたぼろ切れとは見違えるような服装に着替え姿を現す。
「おー、嬢ちゃんたち、よう似合とるわ。ほれ、あんたもなんか言うたり」
アローンはデージーたちを一瞥する。
「良いんじゃないか。腹減ったから飯行くぞ」
そして、ろくに感想も述べることもなく飯屋に向けて歩き出すのだった。
「まったく素直やない男やで」
それを一行が追う形で飯屋へ歩き出す。
「ほら、なんでも好きなもの頼んで良いんだよ!」
ウィズはメニューを開いてデージーたち三人に見せるが、三人は肩を寄せ合って縮こまる一方で一向に注文が決まらない。
「もう、仕方ないわね。貸しなさい」
レイラはそう言うとウィズからメニューを取り上げ、三人の分も一緒に注文を入れる。
「でも困ったわね。これじゃ、これから先も思いやられるわ」
先ほどの服屋でもそうだったのだろう。レイラは肩を竦めながら呟く。
「私たち、荷物持ちでも何でもします。だから、捨てるのだけは勘弁してください。私達だけじゃ、とても生きてはいけません」
デージーは椅子から降り膝を着き今にも土下座をしそうな勢いで懇願する。
ガーベラとガーネットもそんなデージーに寄り添い震えている。
そんな三人の様子にアローンは頭を掻き困った顔を浮かべる。
「椅子に触りなさい!いつまで奴隷根性なの!いい加減にして!」
遂にレイラの逆鱗に触れてしまったのかレイラが激昂し命令する。
三人は静々と自分たちの元居た場所へと戻る。
「まぁまぁ、嬢ちゃん、怒鳴ったら可哀想やがな。こいつらも屋敷で相当酷い目おうとったみたいやし、卑屈になるンもしゃあないで」
ジャックはレイラを宥め賺す。
「けどな、嬢ちゃんの言っとることは間違ってないで。お前ら、一生こいつらとおるんか?いずれは自分らで生きて行かんとあかんのんちゃうか?そやったら早めにその悪い癖は治した方がええで」
ジャックは真剣な表情になり、三人に諭す。
「はあ。腹減ってるからみんな気が立ってるんだよなぁ」
アローンは机に肘をつきながらぼやく。
やがてアローン達のテーブルに料理が運ばれてくる。
デージーたちはこれまで余程碌な食事を与えられていなかったのだろう。運ばれた料理を前に目を輝かせているが手を付けていいのかわかりかねアローンの様子を黙って伺っていた。
しかし、年少のマーガレットは我慢できなかったのか料理をつまみ、密かに口に放り込む。
その光景を目の当たりにしたデージーとガーベラはしまったという顔を浮かべている。
「手で食べなくていいんだよ。スプーンとフォークの使い方わかる?遠慮なく食べていいんだよ。足りなかったらちゃんと言ってね」
ウィズは甲斐甲斐しく三人が気を遣わず食べれるようにあれこれと世話を焼く。
アローンは三人が料理に手を付け始めるのを見て、それからようやく食事に手を付けだす。
ガーベラとマーガレットは余程美味しいのか、今まで相当な空腹だったのかわき目も振らず料理に齧り付く。
するとデージーは今までの緊張の糸が切れたのか、ここにきて大粒の涙を流しながら言う。
「本当に、私たち、助かったんですね。もう、ダメだと、こんなお料理も、綺麗な服も、一生縁のないものだと思ってました。うぅ……」
「さっきは怒鳴ってごめんなさい。でも、もう怯えることはないの。あなたたちは自由よ。私達の事、嫌になったなら自分の意思で去っても、だれも文句は言わないわ。もちろん、あなたたちが一緒に来たいというなら、それを止める人もいないわ」
レイラは優しくそういうとデージーの肩をそっと抱いた。
結局、彼女たちはそれぞれおかわりをキッチリし、それも綺麗に平らげた。
アローン達が外に出ると満腹感からかはしゃいで外に出たマーガレットが転ぶ。
ウィズが慌てて駆け寄り、マーガレットに手を差し出す。
「あら、こんなところでお猿さんが遊んでますわ。邪魔ですわね。殺しますわよ?」
ウィズがマーガレットの手を引きながら声の方を見上げると全身を優雅な白のドレスで身を包み白い日除け傘を持った少女がまるで家畜でも見るような目でこちらを見ていた。
その少女は薄ら笑いを浮かべながら手に持つ日除け傘をウィズの方に向ける。
アローンは天性の勘で嫌な気配を感じ取りウィズとマーガレットとの間に割り込む。
ガキィーン。
アローンの抜いた大太刀が仕込み銃になっている日除け傘から放たれた銃弾を弾く。
「なんだ?テメェ。何しやがる」
アローンは少女に睨みを効かせる。
「ああ、恐ろしいわ。まるで獣の目ね。ちゃんと檻の中に入れといてもらわないと」
そう言いながら少女はアローンを小馬鹿にするように笑う。
一触即発の中、レイラは一人震えていた。
「あ、あなた、どうしてあなたがこんなところに……」
レイラが戦慄の声色で呟くように言う。
「あら、貧乏皇女様。ご機嫌麗しゅう。ワタクシたち、少しお使いでしてよ」
皇女を塵ほども敬わない少女の後ろから、もう一人の少女が現れる。
こちらも顔立ち、背格好共に瓜二つではあるが全身を真っ赤なドレスで着飾っている。
「シャルドネ、何してるの?こんなところで蛮族の相手をしている暇はなくてよ」
シャルドネと呼ばれた白いドレスの少女は残念そうに日傘を畳みながらもう一人の少女に向き直る。
「メルローお姉さま、もう時間ですの?温泉も入ってないのに残念ですわ」
緊迫するアローン達そっちのけで話を始める少女たち。アローンもこの得体のしれない少女たちに身動きを取ることができなかった。
「ええ。もう目的は果たしましたわ。こんなところの温泉なんて入ったら体中が痒くなりましてよ」
そう言うとクラリスの使うような腕時計を操作する。
するとほどなく機械式車両が彼女たちの前で停車する。
「それではまた会いましょう。貧乏皇女様、緋雨の竜さん」
そう言い残し、少女たちは機械式車両に乗って去ってしまった。
「なんや、あいつら、知り合いなんか?」
様子を見ていたジャックがアローン達に駆け寄ってくる。
「いや、知らん」
「そない言うたってあんたの事、緋雨の竜言うとったがな。背中の竜も見てなかったやろ?」
アローンが答えあぐねているとレイラが戦々恐々の雰囲気で話し出す。
「帝都のミディーライト家の令嬢たちよ。冷酷で狡猾。良い噂など塵ほども聞いたことないわ。どうしてこんなところに……」
「まぁ、わかんねえもん考えても仕方ねえだろ。ほら、まだ買うもんあるんだし、ほれ、行くぞ」
そう言い、アローンは気にする様子もなく歩きはじめる。
彼らの旅はまだまだ続く。
歩み始めた頃ははるか遠くに感じた王都まではもう少し。
しかし、そこで彼らを待ち受けるものが何であるのかは、まだ誰も知らない。




