6話 正義の虎と極悪の竜 その2
温泉を出た3人は警察署にやってきていた。手配書の確認をするためだ。
「おう、あるよ。ほらよ」
受付の男は、アローンのいつもの尋ね文句に気さくに答える。
「ほら、町の温泉があるだろ?あそこの利権で少し前に争いがあってさ、競争相手みんなぶっ殺しちまったのさ。それで晴れてお尋ね者の仲間入りってわけなんだ」
受付の男は聞いてもいない情報を得意気に話す。
「この男はどこにいる?」
「おお、それなら源泉の近くの屋敷だな。温泉は知ってるか?あそこから山の方に少し歩くと源泉があるからその近くの屋敷だよ。結構デカいし、庭に温泉も引いてる、すぐにわかるよ。
でもアンタ、気を付けなよ。このエヴィンって男は前から人身売買の疑いがあってな。若い娘なんか取っ捕まってすぐに変態共に売られちまうって専らの噂だ。あんた、若い娘二人も連れてるんだからさ」
アローンは男の居場所を聞いただけなのに受付の男は次々に情報を投げてくる。
「お前ら、自分の面倒は自分で見ろよ。怖かったらどこかで待ってろ」
アローンがウィズとレイラに目配せしながら言うと二人は何をいまさらと言った風情でアローンに付いてくる気満々だ。
「まぁ、ちょっと前にピースメーカーも向かったところだから大丈夫だろ。あんたらの出番はないかもな」
ついでといった感じで受付の男はピースメーカーが少し前にエヴィンの屋敷に向かったことを告げる。
「いやー、彼、すごいらしいからなぁ。なにせ、今までとっ捕まえた悪人みんな殺さずに生け捕りって噂だ。なんかポリシーでもあるんだろうなぁ。なぁ、あんたらも…」
そう言い、受付の男が見ると、アローン達の姿はもうそこにはなかった。
「やべえ、また先を越されちまう。こんなことならのんびり温泉なんか浸かるんじゃなかったぜ」
アローンはウィズとレイラを両脇に抱えて走る。
「ちょっと、ウィズじゃないんだから降ろしてよ!ど、どこさわってんのよー!」
アローンに抱えられたレイラの悲鳴が響き渡る。まるでアローンが人さらいのようだ。
先ほど入った温泉から山の方に向かって走る。
源泉はすぐに見つかった。巨大なポンプを据え付けたそれは轟々と音を立てながら地下から温泉を吸い上げる。
いずれ、この地の水脈が枯渇するまで人々はそれを動かし続けるのだろう。
そして、この地が完全に枯地となってから、別のオアシスを求めてまた、旅を始めるのだ。
人の営みの業の深さを証明するかのように今日もポンプは動き続ける。
その屋敷はポンプからしばらく行ったところに建っていた。アローンの必死の走りが奏を功したのか、どうやらまだピースメーカーは屋敷に着いていないようだった。
そこでようやくアローンは両脇の二人を地面に降ろす。
「ここで待ってろ」
屋敷から姿の隠せそうな茂みに二人を隠すとアローンは一人屋敷に向かおうとする。
「また、あの人たちも殺すの?」
レイラがアローンの後ろ姿に語りかける。
「悪人に容赦はしない」
アローンは振り向くことなく答える。
「あなただったら、殺さなくても捕まえられるじゃない」
レイラの言葉にアローンの歩が止まる。
「奪うってことはいずれ奪われるってことだ。悪人になるってことはその覚悟をするってことだ。たとえ望んでなくてもな」
そう言い残しアローンは屋敷に走る。残されたレイラはアローンの言葉の意味を理解しかねながらウィズに目を遣る。
不思議な事にアローンの言葉の意味など塵ほども理解してはいないだろうこの年下の娘は、しかして自分などよりも、はるかにあの男の近くに立っているのだと、この時のレイラは、ウィズのアローンの事を信頼しきった目を見て思うのだった。
屋敷の悪人たちは不意のアローンの乱入に意表を突かれたがすぐさまに銃をアローンに向ける。
しかし、アローンは銃口の先にはもうすでにいない。悪人がそのころに気付く頃にはすでにアローンに斬られその首が地面に転がり落ちる時である。
庭先の悪人に銃声一つ立たせず切り伏せたアローンは屋敷の中に入っていく。
そのころ、アローンから一足遅れてエヴィンの屋敷にやってきた男がいた。
黒のカウボーイハット、白のシャツに黒のベスト、黒いジーンズ。流れる金髪に背中には虎の刺繍。両手には変わった形の大型回転式拳銃。その口径ならば大型のグリズリーベアでさえも一撃で仕留めることができるだろう。
「なんや、先客がおるやんけ。ゆっくりしとったらアカンなぁ」
斬り伏せられ地面に転がる悪人を見ながら男は呟く。
男もアローンに続いて屋敷の中へと走って行く。
そのころ、屋敷の中でアローンは主のエヴィンと対峙していた。
エヴィンの姿を隠す様に二人の用心棒たちがアローンの行方を阻む。
「お前が近頃噂のピースメーカーか。派手にやってるみたいじゃないか!?なんでも悪人でも殺さず捕まえるらしいな。そんなお前ならこれならどうだ?」
エヴィンはパチンと指を鳴らす。すると、アローンを取り囲むように三人の少女たちが銃を構え現れる。身に着けた布はボロボロで、首には大きな首輪。その表情は絶望の虚無に染まっている。
「俺の奴隷たちだ。あいさつ代わりだ。撃てぃ!」
エヴィンの掛け声で一人の少女がアローンに向けて発砲する。
銃弾はアローンの頬を掠め後ろの壁に突き刺さる。
「ええい、下手くそめ! あとでたっぷりわからせてやるからな!」
エヴィンが少女をさげずむ様に言うと、銃を放った少女がガタガタと震えだす。少女は震えながらも、その銃口はアローンからは離さない。
「ふふ、しかし抵抗できまい。選べ、こいつらに蜂の巣にされるのが良いか、そこを動かず俺の自慢の用心棒に切り刻まれるのが良いか。さぁ、どうする?」
エヴィンはその両隣の用心棒に目配せをすると用心棒たちは油断なくアローンに一歩、また一歩とその手に携えた剣を構え近づいてくる。
用心棒たちがアローンの間合いに入ったその時、アローンが口を開く。
「悪いな。人違いだ。俺は金色の竜だ。ピースメーカーなんて奴は知らねぇ」
そう言い、アローンは後ろを向き背中の竜を見せる。その竜はすでに悪人たちの血によって緋色に染まっている。
「お、お前は!まさか!緋色の…やれ!今すぐこいつを殺せ!」
エヴィンの号令と共に用心棒たちが一斉にアローンに斬りかかる。
用心棒たちの放つ剣がアローンにまさに接触するかというまさにその時、アローンは振り向きざまに大太刀を両者の剣の間に潜りこませ振り上げる。
用心棒たちの剣は粉々に砕け散り、大柄な方の用心棒の首がゴトリと床に転げ落ちる。小柄な用心棒はその光景を見ただけで戦意を失い、一目散にアローンから逃げようと背を向ける。
アローンは振り上げた大太刀を振り下ろす。たったこれだけの動作で小柄な用心棒は左右に分かれる。その時だった。
部屋のドアが勢いよく開かれる。
「おらぁ! ピースメーカーの登場じゃ、悪人がぁ! 覚悟せえや!」
ピースメーカーと名乗る男が部屋に入って見たものは、首を落とされ部屋に血の雨を降らせている男。
左右二つに分かれ血を撒き散らしながら床に倒れ伏す男。
絶望以外の感情のない顔で震えながら銃を構える三人の少女。
部屋の奥で震える手配書の男。
そして、血の雨の中、鈍く眼光を光らせる金色の竜。
アローンは男に向き直ることなく、そのまま銃を構えた少女に向かい歩を進める。
「やれ! 撃て! お前ら! 殺せ! 奴を殺せば今日はちゃんとした飯をやる!」
エヴィンのその言葉に少女たちはアローンに銃弾の雨を降らせる。
しかし、そのそのことごとくをアローンは斬り弾き、傷一つ負わせることはできない。ついにアローンは凶刃を少女たちに向ける。
「お、おい! お前、それはアカン! やめろぉー!」




