6話 正義の虎と極悪の竜 その1
アローン達三人は今、飢えていた。ブルパの町を出てからかれこれもう五日が経とうとしている。
その間、食べたものと言えば野ウサギ、小さな鳥、カエルくらいなものだ。
なにせ金がない。金がないのでまともな食料を買い込むことも出来ないのだ。
多少のゲテモノでも何でも、アローンが食べるものなら食べるウィズに対して、一応のお嬢様であるレイラはカエルを食べることを非常に嫌がった。
そんなレイラにアローンは少しでもまともな獣肉をと、野ウサギを捕まえ、それをレイラとウィズのために調理する。
ウィズはアローンの事を気遣い、自分に差し出された肉をアローンにも勧めるが、アローンはウィズとレイラの取り分には決して手を出さない。この男なりの決まりがあるのだろう。
そんなアローンに衝撃を受けたのはレイラの方だったようで、あれほど嫌っていたカエル肉も嫌がることなく食べるようになった。
それどころか、一度食べてからは箍が外れたようにカエル肉も率先して食べた。意外に美味なその肉はレイラの舌に合ったようだ。
それでもアローンは道中、成長期の娘二人がなるべく飢えないよう、常に自分より多く二人の皿に肉を取り分ける。
おかげでアローンは常に空腹だった。
そして、そこに追い打ちをかけるようにここ数日は水場の傍からも離れたようで食べれそうな肉付きのいい生き物をトンと見ない。
じきに三人の空腹も限界に達する。そんな時。
「あ! 町だよ! やっぱり私たち、運が良いね!」
町を見つけたウィズが走り出す。その後ろ姿をアローンとレイラが追う。
ホットスプリングス。直訳で温泉となるこの町の売りは、もちろん町の中央にある温泉だ。
「アローン、温泉だって! 私、行ってみたい!」
「私も、もう限界よ。お湯に浸かれるなんて最高じゃない」
ウィズとレイラは温泉に向かい走り出す。その後ろ姿をやれやれと言った面持ちでアローンが付いて回る。
「……入浴料、要るみたい」
温泉前に掛けられた看板を見ながらウィズが絶望の声を漏らす。レイラは看板の前に両手をついてガックリと項垂れている。
「アローン、お金、持ってない?」
ウィズがしょんぼりしながらアローンに尋ねる。
「そんなもん、あるわけねぇだろ」
そう言いながらアローンは懐を探り、巾着をウィズに放り投げる。
ウィズは巾着を受け取ると逆さに振る。
すると中からは数枚の小銭が転がり落ちてくるだけ。
「な。そんなんじゃ、コーラも買えねえ」
ウィズは肩を落としながら未練がましく巾着を振る。
「そんなことして中から金が出てくるんならみんなする……って……」
ウィズがしつこく振る巾着から紙幣が一枚零れ落ちる。
アローンは口をあんぐりと空け、レイラの目は大きく見開き輝きを湛えている。
「ほら、私、運が良いから!」
ウィズは紙幣を拾い上げるとニッコリと歯を見せて笑った。
「ああぁぁぁー!」
アローンは久々のお湯に浸かり腹の底から唸り声をあげる。
「あ、アローン入ってるよ!声聞こえるよ!」
男湯と女湯を隔てる塀の向こうからウィズの元気な声が聞こえる。
「アローン! ちゃんと肩まで浸かるんだよー!」
ウィズは塀の向こうからさらに大きな声でアローンに呼びかける。
「わかってるよ! レイラはどうした? 入ってないのか?」
さらにアローンも大声でウィズに話しかける。
「ちょっと! 人の名前大声で呼ばないでくれる。恥ずかしい」
黙って他人の振りでもしていればいいものをレイラは律義に返答を返す。
「ちょっと!ウィズ、何やってるのよ!危ない!」
突然、レイラの慌てる声が響き渡る。
「アローン」
「おう、なんだ、って何やってんだお前!」
アローンが視界を上に向けると塀の向こうから顔を出すウィズが居る。
「アローンがちゃんと入ってるか見に来たの。ほら、レイラもおいで!」
ウィズは女湯に向かって呼びかける。
「危ないから早く降りなさい!子供みたいなことしないの!」
レイラのたしなめる声が響き渡る。しかし、ウィズはお構いなしにその場に居座る。
「あれ、アローン、お胸、どうしたの?怪我?」
アローンの体は常に戦いの中にいる者としては異様なまでにきれいな体をしている。しかし、その中で胸の中央にひときわ目立つ古傷がある。
まるで何かで穿ったような、銃創とも、刀傷とも違うその傷だけがアローンに残された唯一の古傷とも言える。
「……なんでもねぇよ。大したもんじゃない」
「私にも同じようなのあるよ。お揃いだよ!見る?」
ウィズはそう言うとさらに塀から身を乗り出そうとする。その為、ウィズの膨らみかけた双丘が男湯に見えそうになる。
「うわ!何やってんだ!やめろ!バカ!」
アローンはそう言うと湯船の中に潜ってしまう。それと同時に流石に見ていられなかったのかレイラがウィズを塀から引きずり下ろす。
「こら!危ないし、あんなに乗り出したら男湯に見られちゃうでしょ!」
まるで仲の良い姉のようにウィズをたしなめるレイラ。
「でもこれ見て、アローンにも同じようなのあった。お揃い」
そう言い、レイラに胸の傷を見せるウィズ。
「あら、本当ね。ウィズ、肌綺麗なのに勿体ないわ。それ、痛くはないの?」
「うん!昔からあるよ!だから平気!」
気にすることなく言うウィズ。
「そう。なんにせよ、私たちもちゃんと浸かりましょうよ。体冷えちゃうわ」
そう言い、ウィズを湯船に引っ張っていくレイラ。ようやっとのことでウィズから解放されたアローンは再び湯船の中で佇まいを直す。
「お連れさん、元気やなぁ」
ようやく安寧を得たアローンに一人の男が話しかける。
その男は金の長髪を一つに纏め、耳にはピアスの光る、アローンと同じくらいの歳の男だった。
「元気すぎだ。堪ったもんじゃねえよ」
うんざりしながらアローンが言うとその男は豪快に笑う。
「アッハッハ!ええことや!兄さんも旅のモンやろ?元気がないとなんもでけへんからなぁ!」
その男は妙に耳に残る、地方の訛りで話す。
「兄さんは何しとる人なんや?」
馴れ馴れしく男はアローンに尋ねる。
「……賞金稼ぎだよ」
そういうと男はまたしても豪快な笑い声をあげる。
「なんや!同業者やんか!最近は凶悪な奴もうろついとるらしいからお互い気つけなあかんで。こんな仕事いつ死ぬかもわからんからなぁ」
「そうだな」
男とは対照的にアローンは素っ気なく答える。
「そうや、兄さんもこの後警察署行くんやろ?ワイもこの後行くんやけど、一緒に行かへんか?」
「……いや、遠慮しとく。連れにうるさいのもいるしな」
「そないか。残念や。まぁ、この業界、同業者同士の争いも多いけど、仲良うしようや。また会うこともあるやろ。そん時はよろしゅうな」
そういうと、男は湯船から上がり去っていった。
アローンは終始気さくに話すこの男の雰囲気自体は嫌いではなかったが、どうもそれに合わせる気にはなれなかった。
それは生来持ち合わせたアローンの根暗さも相まっての事だろう。
「変な奴だ」
男が去った後、アローンはそう呟いた。




