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1話 緋雨の竜と希望の少女 その1

 ここは貴方の住む世界とは似ているようで違った世界。

 文化や経済、科学は入り乱れ、各地の発展は奔放を極めた。ここに共通するのは一つ、街は暴力に溢れ、希望を持つ人々は徐々に減っていった。

 これはそんな絶望に満ちた世界の一人の男と一人の少女の冒険の物語。


 一人の男が荒野を征く。その足取りはおぼつかず、まるで泥酔者のそれのような足取り。

 男の容姿はこの世界には珍しい和装姿。歳は二十代後半もいかない位だろうか。

正面から見るとまるで死に装束のように見えるそれが、後ろに回ってみると金色の竜の刺繍。その奇抜な装いが男を伊達者ではない事を物語っているようだ。

腰には二振りの日本刀。一振りは通常の打ち刀のようだがもう一振りは男の身長ほどある大太刀。

 長身痩躯に顔つきは端整なのに、絶望に満ちた目元が男を不細工に印象付ける。


男はここ数日、食うものも食わず、飲むこともかなわず。草木も生えぬ荒野を彷徨ってきたのだ。

 普通ならここで男は死ぬ。道端にへたり込んでそのままお陀仏。それが世の常というもの。

男が一人野垂れ死んでも世界は塵ほども変わらない。この命の軽い世界では特にそうだ。

 しかしこの男、なかなかの悪運の持ち主のようで、視線の先に小さな町を見つける。

 やっとの思いで町の入り口まで来た男は安堵の声を漏らす。


「町か。助かった…」


 ワイルドウエスタン、その響きのよく似合う。その町は荒野にありながら木製の建物が並び、まさにアメリカ西部開拓期の様に酷似している。

 本来ならばこの男の奇異な服装は好奇の視線に晒されるところであろうが、この世界でそんなことを気にする暢気な者は少ない。


 男は自らの懐を探り、巾着の中の金子を確認する。

 巾着からは小銭が3、4枚零れ落ちるだけだ。

 これではレストランに入り飯にありつくには足りないようで、男は町の一角に設置されたベンディングマシン。いわゆる飲み物の自動販売機まで来た。

 せめて喉を潤そうという算段であろう。それであれば男の持つ金子でも事足りた。

 男は金を機械に入れお気に入りのロックコーラのボタンを押す。

 ガシャン、と軽快な音がして男は自販機からコーラの缶をつまみ出す。

 ここまで来てやっと念願の飲み物にありつける。男はつまみ上げた缶を見ながら恍惚の表情を浮かべる。


 バーン!


 男がまさにコーラにありつこうとしたその時、一つの銃声と共に手の中にあったコーラの缶が爆発。コーラの雨が男に降り注いだのだ。

「へへへ、バーカ、竜なんか背負ってこの辺うろつくんじゃねえよ」

 無法者は男に悪態を吐きながら去っていく。男は無法者を追うこともできず、遂にはその場でへたり込み、意識を失ってしまった。


 どのくらいそうしていただろうか。とうに日は暮れ町の人通りも少なくなっていた。男は頬に走る刺激で目を覚ました。

 男が目を開けると一人の少女が男を覗き込み、その頬を叩いている。

「お腹、空いてるの?」

「な、なにか、食い物、飲み物、水、コーラ」

 少女の問いに男は長い飢えと渇きで擦れ切った声で答えた。

「ウチ、おいで。すぐそこだから」

 そう誘われ男はホイホイと付いていく。この世界、子供を利用した美人局や押し込み強盗など日常茶飯事といえる。普段の冷静な男であればそんな真似は決してしないだろう。


 少女の家に着き男は食卓に着く。少女はもう用意していたのだろう、男の分の食べ物を食卓に並べていく。

 余程の空腹であったのだろう。男は礼もいただきますとも言うことなく出された飯に食らいつく。

「美味しい?」

 少女はにこやかに笑顔を浮かべながら男に聞いた。

「助かった。死ぬかと思った。すまんな。けど、飯はそんなに美味くないな」

 男は不躾にも料理の味を不出来と評し、それでも空腹を満たすため少女の作った飯をかきこんだ。

「名前、なんて言うの?私はウィズ。あなたは?」

 男の悪態にも顔色一つ変えず少女は問いかける。

「アローンだ」


 アローンと名乗る男は改めて少女を見る。

 ウィズと名乗った少女は、歳は十四、五歳といったところだろうか。少し長めの赤毛を顔の両サイド纏めており、より少女の幼さを印象付ける。

「アローン?一人ぼっちさん?」

 少女は男の名前を一人ぼっちと受け取ったようで不思議な顔をしながら男に問い直す。

「違う。名前がアローンなんだ。だから、アローンさんだ」

「わかった。アローンさんだね。私のことはウィズって呼んでくれてもいいよ」

「わかった。ウィズ、親は?居ないのか?」

 男の問いかけに少女は表情を曇らせる。

「もう、居ないの。数年前に、殺されちゃった」

 この世界では特に珍しいことではない。

「そうか、他に家族は?お前一人か?」

 男は他人の人生や家族など興味などない。しかし、他人の家に招かれるなどという事に慣れていない彼は居心地の悪さから普段は絶対しないであろう質問を少女にぶつけていた。

「妹が一人…でも、病気で…今は王都の方で入院してるの。ねぇ、アローンさんは旅してるんでしょ。生命の実って聞いたことない?」


 生命の実。いかなる病魔も払い、怪我をも治し、不老不死を得ることができると言われる果実だ。

「…知らん。御伽噺だろ。そんなもん。そんな都合のいいもんはねえ」

「やっぱりそんなに簡単には見つけられないよねぇ」

 男の回答に少女はふーっと息を吐きながら言う。しかし生命の実の存在についてはまだ信じているようだ。

「なんだってそんなもん、欲しがるんだ?」

「私ね、夢なんだ。妹の病気が治って、もう一度一緒に暮らすことが」

 男の問いかけに少女は遠い目をしながら言う。その言葉に男は無言で返す。


「ねぇ、アローンさん、今夜寝るところは決まってるの?」

 少女が目を輝かせながら聞く。

 もちろん、そんなもの決まってはいない。宿を取ろうにも男の手持ちで足りるわけもない。しかし、男は旅の最中はずっと野宿だ。夜風に当たることにも慣れている。

「行くとこないんだったらさ、アローンさん泊まってってよ」

「ハァ!?そんなもん、ダメに決まってんだろ!俺は外で寝るからいいんだよ」

 少女の突然の提案に男は取り乱す。

「どうして?他に家族もいないし大丈夫だよ?」

「余計ダメだし、全然大丈夫じゃない!お前、女が簡単に男を泊めるな!」

「アローンさん、私の事女として見てくれるの?いいよ。私、アローンさんがしたいんだったら。したことないからうまくできないかもだけど…」

 少女が男ににじり寄る。男は食卓から転げながら後退る。

「やめろ!はしたない!ガキが!お、お前、何が目的だ!」

 ガキと呼ばれて対象に見られてないと思ったのか、少女は男にそれ以上無理に近づこうとはせず、少し俯きながら答える。

「私、生命の実を手に入れたい。だから…ねぇ!アローンさん、旅してるんでしょ!?私も連れて行ってよ!」

 彼女の必死な雰囲気は男にも伝わったが、男は決して首を縦に振ることはない。

「生命の実なんてもんは幻想だ。あるわけがない。諦めな」

 そういい、男は立ち上がり、そのまま少女の家を出ようとする。

「あるよ!きっとある!私の直感、当たるから!それに私運だっていい!だからきっとある!見つけられる!」

 少女の言葉に男は振り返ることもせず言う

「一飯の恩がある。生命の実以外の願いくらいなら一つくらい聞いてやらんこともない。明日はまだこの町にいるから、願いがあるなら言いに来な」

 そう言い残し、男は少女の家を去った。


TIPS

世界:世界の文明は幾度の繁栄と崩壊を繰り返し、やがて今の姿となった。人々は各地の遺跡と呼ばれる文明の跡から技術や遺物を掘り起こし、また新たな文明を創る。そうして、文明や文化は歪な発展を遂げていった。人々は明日に夢見ることはなく、ただ、漫然と今日を過ごすのであった。


生命の実:古代の秘術から作り出される神秘の実。その実は人々の病や怪我を治癒し、人ならざる力を与えると噂される。

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