91話 ビチョビチョじゃダメですか?
急いでトイレに駆け込んでから、やっと出てきたのがついさっき。
その間、大体10分くらいだっただろうか。
イルカショーも終盤に差し掛かっていたので終わっていてもおかしくは無い。
そう思っていると案の定ショープールの方から人が大勢歩いてきた。
その群れを見ていると、トボトボと歩いてくる少女が1人。
瑠璃だ。
その姿はびしょ濡れで水が滴り、歩いた後には靴の形に小さな水たまりができている。
「どうしたんだ……いや、聞かなくてもだいたい分かるけど」
「ゆたかぁ〜」
水しぶきを撒き散らしながら駆け寄ってくる瑠璃。
彼女は、両手を広げながら近づいてくる。
もう一歩で届きそうな距離まで来た時、瑠璃が飛び込んできた。
僕は、予め予想をしていたのでそれをひらりと難なく躱す。
すると案の定目標を失った瑠璃は地面に顔からダイブする。
自分で避けて置いてなんだが申し訳なくなってきた。
「大丈夫か?」
「大丈夫なわけないじゃないですか。ひどい目にあったんですよ!」
「まあ、見たら分かる……でもあそこが良いって言ったのは瑠璃だろ」
「それはそうなんですけど……うぇ、なんか生臭いです。磯の匂いがします」
「そうだな。だから近づくなよ」
さっきからなんだか魚みたいな匂いがするので一定の距離を保っている。
時折、間を詰めようとしてくるのだが、そのたびにまた離れるを繰り返している。
「もうっ!なんで逃げるんですかっ!」
しびれを切らして、一気に抱きついてくる。
「おい、やめろ。ちょっ、塩水だからベタベタするんだよ!」
「これで、仲間ですね(ハート)」
「…………」
「…………」
なんでここで瑠璃が黙るんだよ……
「あの、お腹すきました……」
「突然だな」
時計を見てみればちょうど12時を指している。
「確かこの近くにレストランありましたよね。そこで良いですか?」
「ああ、良いけど。でもそこって確か、」
「うわ〜すごいところですね!」
瑠璃は目の前のイルカに懲りずに興奮している。
決してまたショープールに戻ってきたわけでは無い。
もちろんさっき言ったようにレストランに来ているのだ。
そしてこのレストラン、普通とは違ってショープールの下に作られていて壁が、プールとつながっている。
つまり、イルカを見ながら食事できるのだ。
「あんな目にあったのにずいぶん元気だな」
僕が若干呆れながら言う。
「だって、ここだと絶対水かかりませんからね。別腹ならぬ別イルカです」
なんだかわけのわからないことを言っている。
「別のイルカじゃなくて水を掛けた張本人だけどな」
僕が指摘すると、
「こ、細かいことは良いのです。それより早く頼みましょう。お腹ペコペコです」
瑠璃は顔を隠すように、メニューに見入っている。
僕も何するか決めて店員を呼んだ。
「はーい」と明るい声とともに水を持って注文を取りに来る。
待たせないようにと思ってなのか、急ぎ足でこちらに向かってきているようだ。
ふと足元に目が行くと、店員の靴紐が解けかかっていた。
僕はそれを指摘してあげようと、声をかけようとする。
「あの靴紐が、」
「ガッシャーーーン」
僕が言い終わるより早く盛大に音をひびかせる。
原因はもちろん店員が持っていたお冷が落ちたから。
そして、それは瑠璃の方へと飛んでいっていた。
「すっすみませんっ!すぐにお吹きできるものをっ!!」
慌てる店員。
それとは対象的に瑠璃は、
「あははは、これで塩が洗い流されましたね、ワーイウレシイナ。はは、はぁ……」
乾いた笑い声とともに目に涙を浮かべるのだった。




