71話 エドワード・H・マーカムじゃダメですか?3
せめてこの1投だけでも。
そう思ったのがいけなかったのか、変に力が入り最後の球は最初に投げた球と同じようにガターに落ちた。
「エド君私に勝とうなどまだまだ早いですよ」
いくら相手が悪かったとしても、悔しかったのだ。
「もう一回……」
「えー私喉が渇いてきちゃいまして。あーでもジュースがあったらもう1ゲームできそうなんですけどなー ちらっ」
「分かったよ。買ってくれば良いんでしょ」
「やったー!エド君は優しいですね」
近くにある自販機で適当に選んでそれを持ち帰った。
「ほら」
買ってきたジュースをコトリの方に投げて渡す。
「ありがとうございます。それでは、これを飲んで少し休憩したら始めましょうか」
さっきは負けてしまったが、後半は割と良い勝負をしていたと思う。
初めは慣れてなかったせいでボロボロなスコアになってしまったが、それが無ければ決して悪くはなかったはずだ。
それと最後みたいにならないように、気を付ければ勝てない勝負ではない。
「さてと。じゃあやりますか」
先行のコトリが立ち上がり球のところまで歩く。
投げた球が倒したピンの数は9本だった。
彼女も何も全てストライクを取ってきたわけではないのだ。
だからと言ってこういう状況でスペアを取れないわけでもない。
今回も消化作業のようにスペアを取っていた。
「まあ、こんなものか」
微かに聞こえてきたそんなひとりごとに腹が立つが、今は心を静める。
こんなことで落ち着きを失っていては、勝ちなど遠のいてしまう。
「次は僕の番だ」
「そうですね、がんばってください」
僕は席から立ち上がると、球を手に取りイメージを固める。
そして、コトリからもらったアドバイスを思い出しそれをイメージに組み込んだ。
息をすい、そして吐く。
僕の集中力が最大になったタイミングを見計らって、球を投げた。
手から離れたボールは若干左寄りのコースにそれてしまっていた。
コトリが「あーあ」と言っているが、まだだ。
しかし次の瞬間、球は急に向きを変え一直線に中心部へと向かっていく。
ど真ん中を抜いた結果当然として僕はストライクを取ることができた。
幸先の良いスタートにガッツポーズを握る。
「へーなかなかやりますね。私も負けませんからね」
それはコトリの意地だったのか、次は完璧なストライクを取る。
僕に関しては、さすがに2回連続は難しかったらしく、スペアにとどまった。
その後も両者一歩も引かぬシーソーゲームを繰り広げ迎えた9フレーム目。
戦況は僕が若干不利な状況だった。
順番はコトリ。
彼女の投げた球は今までの正確なコントロールとは違い、若干コースからずれていた。
「あっちゃーやっちゃった」
集中力が切れてきたのか、出たミスだ。
これは僕にとって大きなチャンスとなる。
ここで2回連続でストライクを取れば僕の勝ちになる。
僕はここで今日一番集中力を高める。
そうして放った球は狙いどうりの軌道を進み、ストライクが取れた。
コトリは若干額に汗を浮かべている。
この緊迫した状況だというのに彼女の口元は笑っていた。
「面白くなってきましたね」
レーンの前に立つ彼女の姿は、何か気のようなものをまとっているように見える。
迫力そのままに投げた球は、勢いよく転がり全てのピンを弾き飛ばした。
ここにきてもう一段ギアを上げたような感じだった。
これで、このゲームはまだわからなくなった。
僕がこの一投でストライク、もしくはスペアを取ることができれば僕の勝ち。
できなければ、コトリの勝ちだ。
僕の腕に緊張が走る。
たかがボウリングだというのにプレッシャーに押しつぶされそうだ。
「(大丈夫、今まで通り行けば……)」
自分に暗示をかけ心を無理やり落ち着かせる。
タイミングを見計らって投げようとしたその瞬間、緊張で掻いていた汗のせいで球が指からすっぽ抜ける。
ガターという最悪な事態は免れたが、ふらふらと頼りない軌道を進みピンを倒す。
残ったピン残念ながら両サイドに割れてしまっていた。
「なるほどスプリットですか。これは難しいですね」
僕も話では聞いたことがあるが両サイドに分かれたピン、つまりスプリットを倒すのはプロボーラーでも難しいらしい。
でも10フレーム目では3回投げることができるのだ。
なので、あと2回残っている。
落ち着いてやれば勝てる。
そう思えば思うほど不安がこみあげてくる。
どうにか心を落ち着かせて、投げようとした瞬間、さっきのゲームがフラッシュバックする。
その瞬間に嫌なイメージが脳内に張り付き思い通りに投げれない。
放たれた球はそれでも惜しいところまで行ったが、右端のピンをかすめるにとどまった。
残すは1投だけ。
これで道はスプリットメイクするしかなくなったのだ。
まずは、左のピンをはじきそのピンを当てて右のピンを倒す。
僕は頭の中でイメージを何度も反復する。
もうあの記憶が入り込む余地のないほどに。
そして準備を整え投げた。
それは願った起動と寸分たがわぬラインを通って行った。




