5話 屋上イベントはダメですか?2
部室へ戻ってきた皆越先輩は1人の先生を連れて来ていた。
名前は池田麻衣子。
この学校ではちょっとした有名人だ。
受け持つ教科は国語で見た目は如何にも本の虫といった感じだ。
分厚いレンズの眼鏡でいつも地味な服を着ている。
さて、この先生は地味ということで有名という事ではない。
この先生、十人中十人が引くほどの本バカである。
それは、国語の初めての授業でのこと……
「あなた達に国語を教えることになった、池田麻衣子です。よろしくお願いします」
淡々とした口調で自己紹介をする先生。
この時点ではまだ、この人の狂気を知る由もなかった。
「それでは、教科書の6ページを開いてください。そうですね、出席番号1番の阿部さん第一段落から読んでください」
思えば、この時からすでに異変が始まっていた。
実はこの先生、手ぶらで授業に来ていたのだ。
そう教科書など一切持たずに。
教科書に載っている小説は1度読んだことがあるものだった為、適当に聞き流していた。
阿部さんとやらが、分からない漢字でもあったのか言葉に詰まる。
意識せずとも今まさに行き詰っているページに目を落とす。
「(えっと、ここか。これは……)」
「これは、すいそくと読むのですよ」
一瞬驚いた。しかし、今やってる学習範囲を完璧に暗記するくらいは自分にもできるか、と納得した。
ただこれは片鱗に過ぎなかったのだ。
廊下で池田先生を見かけた時のこと……
「池田先生じゃないですか」
話しかけたのは、物理担当の田中先生。
ちなみにヅラである。
「どうなさいましたか?」
「いえ、落下の公式が乗ってるページはどこだったかなと思いまして。先生ならしってるかなと」
「それなら32ページの9行目に乗ってますよ」
迷いのないはっきりとした声で即答する池田先生。
「ああ、確かにその辺にあった気がしますわ。ありがとうございます」
そう、この池田麻衣子先生、全ての教科書を暗記していたのだった。
小説だけでは飽き足らず、学校の教科書も読み漁ってるのはさすがに引いた。
時は戻って部室。
「あの、どうして池田先生がここに?」
「知らなかったの?うちの部の顧問よ」
「そういえば泰君には教えてなかったな。それはさておき、顧問の池田先生に屋上の取材許可を取りに行ってたんだよ」
「それでもう準備はできたかしら」
池田先生の問いかけには皆越先輩が答え、屋上へ移動することになった。
「(ここが、屋上……)」
「なんだか、ぱっとしないわね……」
「だな」
屋上は何もないただの開けた場所だった。
それもそうだ。
「何にもないですけど、さすがに近くに高い建物がないだけあって景色はいいですね」
「逆に言えばそれ以外何もないともいえるがな」
「皆越先輩、せっかく人がどうにか良いところを見つけたんですからそんなこと言わないでください……」
「ただあれよね、こんなところに憧れを抱いていたなんて少し虚しいわね」
「そうだな。屋上で恋は生まれなかった……。と言うことで部室に戻るか」
「突然屋上に行きたいだなんて言うから何かと思っていれば、そういう事だったの」
「先輩もしかしてと思いますが、説明してなかったんですか……」
「いや~、したよ。屋上取材したいって……」
ため息をつく先生
「皆越さん、それは説明したとは言いませんよ」
皆越先輩は目をそらし、音のなってない口笛を吹いていた。
「何もないという事には私も同意しますが、だからこその良さじゃないでしょうか?」
「先生どういうことですか?」
「何もなくて人がいない、だから盛り上がるんじゃないですか」
「ふむ。そう言われてみれば、確かに」
先生の発言も一理あると思った。
「それに、ここ夕日がすごくきれいなんですよ。ほら見てください」
そこには、言葉で表すのがためらわれるほど美しい夕焼けに染まった街があった。
「学生のころ、ここで告白されるのが夢だったんですよ。昔は上がってこれましたし。でもついに王子様は現れることはありませんでした。当時想いを寄せていた人は気づいてはくれませんでした。」
どこかここでない遠くを見つめた先生の、夕日に照らされた顔は何だか大人びて見えた。
「皆さんよく聴いてください。これは先輩からの助言です。好きだってことは、言葉にしないと伝わらない。くれぐれもそのことを忘れないようにしてください。後悔のない学生生活を。それでは暗くなってきましたし帰りましょうか」
好きな人か……。今はまだいないけど、いつかできるのかな、ん?
「弥久先輩?」
「……」
「弥久先輩!」
「ひょっあ!? なっ、なに!?」
「帰りますよ」
「あー帰るね。うん帰る、うん……」
どうしたのだろう?上の空といった感じだ。
「(まいっか)」
「それでは今日の部活は解散だ」
『はーい』
3人はそれぞれの帰路へ着いた。




