40話 ぬか喜びしたらダメですか?
昼食を終えて向かった先、エドと僕を待っていたのは狭い廊下に犇めいていた人だかりだった。
「なにこれ?」
部室棟の廊下はもともと狭いのだがその人の多さにさらに細く感じる。
それにこの先と言えば……
「何かあったんですかね?」
僕の戸惑に続きエドも声を上げた。
この先には我らが文芸部しかないのだ。
少なくともそこで何かあったと考えるのが妥当だろう。
「あの、すみません。この人だかりは……」
事態を把握するべく、近くの生徒に声をかける。
「あ?なんだ、お前知らないでここに居るのか?」
何だか馬鹿にされたような口調だが今はそれに構っている場合ではないだろう。
ここはぐっとこらえて、下手に出る。
「お恥ずかしながら……」
こちらが何も知らない旨をつたえると、生徒は声を潜めながら教えてくれる。
「ったく、仕方ねーやつだな。実はな、この学校の美女2人が撮影会やってるって話でよ」
あの2人と言えば、皆越先輩と弥久先輩のことだろう。
この奥にあるのは文芸部部室だし、それに美女と言えばそう多くはいない。
あの2人なら、人が集まるのも頷ける。
もしかして、自分の本のためにこれだけの人が集まったのかとちょっとドキドキした自分が恥ずかしいと共に情けなく思う。
「聞いてるか?お前が聞いてきたんだぞ」
目の前で何かいているが無視する。
僕は先輩たちのもとに行くために、列をかき分け奥に進む。
無理やり割り込む僕に怒号が飛ぶが、特に気にならなかった。
どうにか人混みを抜けると、視界が開ける。
「はーい、写真撮った方は部誌も買っていってねー ……あ。」
そこは、コスプレイヤーに群がるカメラマンのそれだった。
それよりも、弥久先輩の言っていたことの方が問題だ。
僕と目が合った瞬間「あ」とか言っている時点でやましいことをしている自覚があるのだろう。
「……先輩方は何をしているんですか?」
そこまで多く用意していたわけでもなかった部誌が捌け再び人は僕たち以外には見当たらなくなった。
「そのだな……」
非常に言いにくそうに話す皆越先輩。
「良いですよ、別に僕は怒ってませんから」
腹を立ててないというのは紛れもなく事実だ。
ただ怒りとは少し違う複雑な感情があるのもまた事実。
「私は、少しでもこの小説を多くの人に呼んでもらいたくて……」
僕の言葉を信じたのか、恐る恐る話し出した。
「それで自分たちの容姿を使ってあんな売り方をしたと?」
怒ってはいないと言いながらも、少し言葉に棘を含めてしまったかもしれない。
「ちがっ」
先輩は反射的に否定しようとするが、それが事実と変わりないと思ったのか言いとどまる。
「否定はできないな……でも、私が、いや私たちが、この作品を広めたいと思ったのは本当のことだ。信じてくれるか」
先輩の黒曜石の瞳が僕を見据えている。
それはとてもまっすぐで、嘘をついているとは考えられない。
「はぁ……」
思わずため息をつく。
理由は先輩ではない。自分自身だ。
自分の無力さを知り、自己嫌悪にかられたからだ。
「分かりました。僕も少し大人気なかったかもしれません」
その後に「それに少し言い過ぎたかもしれませんし」とつぶやいた声は聞こえてないはずだ。
「いつか先輩たちに頼らなくても、売れるような文章を書けるようになりますね」
小説を書いていて気づいたことがある。
言葉で表すのは難しいのだが、なんだろうか。
自分の創作物を誰かに見てもらえるのは、心がソワソワする。
たとえそれが、酷評されてしまったとしてもだ。
「泰君なら今すぐにでもなれるさ」
そんな皆越先輩のお世辞は、嘘にしては自然だった。




