26話 雨宿りはダメですか?
視界が白くなるくらいの雨が音を立てて降っている。
「ザーー」というノイズと共に雨漏りがリズムを奏でていた。
本来嫌われている雨でも、こういった趣のあるものは嫌いではない僕だ。
「こうしていると、何だか懐かしいなぁ……」
弥久先輩の声は雨音にかき消されるくらいの微かなものだった。
そもそも、誰かに語り掛けるつもりもなかったのだろう。
「懐かしいですか?」
人の過去を探るのは褒められたものではないだろう。しかし、足止めを食らって何もすることが無い中で好奇心を抑えるのは難しいものだ。
興味を持ってつい口を開いてしまったことくらいは許してほしい。
「うん。泰になら話しても良いかな。ゆかりは知ってると思うけど」
弥久先輩は、屋根から落ちる雫を眺めながら話し出した。
「私が、小学校2年生の時。あの日もこんな雨だったの。私のママは海外では結構有名なファッションデザイナーで、家に居ることも少なかったのだけど。別にそれ恨んでいるとかではなくて、でも必然的に私はお父さん子になった。よく遊んでもらったし、わがままもいっぱい言った。もちろん怒られることもあったな」
優しく微笑みながら語る先輩。
きっと本当にお父さんのことが大好きだったのだろう。
「そんな最中、パパは何の前触れもなく突然倒れたの。あとで知ったことなんだけど、元々パパは体があまり強くなかったみたい。私の記憶がないくらい私が幼いころに何度か倒れて入院してたらしいの。次倒れた時が最後になるかもしれないってお医者さんから言われてったって聞いた。そんな事とも知らずに、私ってバカだよね。もっとパパを気遣っていれば良かったって何度も後悔した」
さっきの穏やかな表情とは一変して今度はつらそうな顔をしている。
小学校2年生と言えば、8歳くらいだろう。
そのころなら、せいぜい救急車を呼ぶことが精一杯だろう。
それだけでも褒められて良いくらいだと思う。
ただしそうだとしても、子供ながらに助けられなかったと思う気持ちも大きかったに違いない。
目の前で、自分の大切な、大好きな人に助けが必要な状況なのに自分は何もしてあげることができないというのは想像しただけでもその辛さは想像できる。
ましてや、それを実際に体験した少女弥久は心に深い傷を負っていたとしても何ら不思議ではない。
「パパが息を引き取ってママは飛んで帰ってきた。パパのお葬式でママは沢山泣いてた。でもね、「そんな泣くなら何であの時いてくれなかったのっ!」って、当時の私はママに言っちゃった。そしたらママもっと泣いちゃって……。ママが悪いわけじゃないのに、やり場のない気持ちをママにぶつけっちゃって申し訳なかったなと思ってる」
誰が悪いわけでもないだろう。
母も、急いで帰国して来たのだ。別に冷淡というわけでもなさそうだ。
そもそも、医者から次が危ないと言われている時点で母親がいたところでもう運命は決まっていたのかもしれない。
何より、生きていくためには仕事をしないといけない。
それに、父もその体では満足に働くことは難しかったのだろう。
それどころか、医療費などもかなり掛かっていたに違いない。
その全てを理解するのが難しくとも、ある程度を感じ取れないほど子供というのも阿保でもない。
他人に投げかけた言葉で自らが傷つくこともある。
「それからかな、家に1人で過ごすことが多くなったのは。ママも帰って来てくれることは多くなったし、お手伝いさんもいたから実際に1人だったのは、ほんの少しだったはずなんだけど。でも、胸の奥がすっと無くなった感じで、心の中では何時も1人だった。もちろん学校でみんなとお話して笑っている時もずっと1人……」
弥久先輩の頬には微かに光るものが走る。
彼女は、小屋の階段のところに腰かけている。
小屋と言っても、4面が囲われているわけでもなく風通しが良い。
だからと言って、それが飛んできた雨粒というわけではないのは明白だ。
話の暗さを追い打ちするように、より一層雨は強くなってきた。




