21話 甘い話はダメですか?
最近、日常を守ることを決めた僕だったが優柔不断にもその考えを180度変えた。
エドの影響が大きかったというのもあるが、僕自身が皆越先輩を諦めることができなかったのが主たる原因だ。
だがしかし、だからと言って何をすれば良いのかが分からないのだが。
いつもの部室、いつものメンバー。今日は珍しくゆかり先輩と弥久先輩が2人で話していた。
この2人の仲は良いことは知っていたが、実際にこうやって2人だけで話しているのを見るのは初めてかもしれない。
「この前行ったケーキ屋さんのショートケーキがおいしくってさあ」
「ふむ、それって最近できたばっかりのとこだよな」
「そうそう。ゆかりも今度一緒に行かない」
以外にも内容は何処にでもいるような普通の女子高生がしそうな会話のそれだった。
僕の周りにいる女子高生は先輩たちだけなので想像で言っているがそれは些末な問題だ。
2人のことだからもっとオタクっぽい会話になるのかと思っていたが、見当違いだったようだ。
「ケーキ屋といえば、エドも新しくできたところが美味しかったと言っていたな」
遊園地でそんな会話をしたのを思い出して呟く。
『???』
2人の不思議そうな目がこちらを見てくる。
「あれ?あんたたちなんかあったの?」
「ちょっと町中で会っていろいろと」
話すと長くなりそうだったので適当にお茶を濁しておく。
2人は察してくれたのかそれ以上の追及はなかった。
エドは意外と気が合いそうだと感じた。しかし、このことをここで話す必要もないだろう。
機会があればおいおい話していけば良い話だ。
「何はともあれそのケーキ屋がますます気になってきたな。今度行ってみることにするよ」
「私も一緒についていく」
「へー結構いろいろ種類があるのだな。なるほど、季節の果物をふんだんに使っているのか」
皆越先輩はスマホでホームページを見ているようだった。
僕たちは近づいて先輩のスマホをのぞき込んでみる。
写真からでも旬のフルーツの瑞々しさが伝わって、噛みしめた時の果汁が想像できる。
弥久先輩も考えることは同じようで「じゅるり」という音が隣から聞こえてきたほどだ。
ただケーキはそれだけではない、ふっくらとやわらかく膨らんだ生地やそれを包み込む生クリームもそんじょそこらの店では出せないような魅力に満ち溢れていた。
甘いものに飢えた読書家たちの前ではそれは麻薬とも同等に見えていた。
「決めた私今日食べる」
唐突に宣言する弥久先輩。その決意は固そうだった。
「私も付き合うのは吝かではないな」
皆越先輩もどうやら乗り気のようだ。2人して僕はどうするのかと、無言で問いかけてくる。
「僕も、気になっていたところですので構いませんよ。むしろ賛成です」
「そうと決まれば今日の部活は解散ということにするか」
部長の一言で部活を終え、みんなで目的のケーキ屋へ向かったのだった。
ケーキ屋があるのは、歩くのには遠いが電車を使うまではない程度の絶妙な距離だった。
春と言えど終盤、それもそこそこの距離を歩くとなれば多少汗ばんでくる。
しかしこの不快感も後のケーキのためと考えるとむしろ快感ですらある。
「おかしいな、こっちの方みたいなんだけど……」
案内役の弥久先輩が戸惑った声を出す。
「あの、もしかしてと思いますけど道に迷いました?」
「…………」
返事がないことから見るにどうやら本当に道に迷ったようだった。
マップアプリを起動させながらここまで来たようだったが、それでも迷うなんてかなりの方向音痴だ。
「先輩……人生は時に道に迷うから面白いじゃないですか」
とりあえず適当なことを言って先輩をフォローしておいた。
「だってここの道地図とかなり違うんだもん。それと、せめて現実の道位迷わず進みたいわね……」
いつまでもここに居るわけにもいかないので、再ルートを確認しようと弥久先輩のスマホをのぞき込む。
しかし、それに違和感を覚えた。
「確かに、道が違てる?ようですね」
「だから言ったじゃない」
皆越先輩も一緒になってスマホをのぞき込んできた。
「道を間違えている以前にそもそも反対方向に進んでいたようだな」
「さすがにそんなはずは……」
僕は言いかけてやめる、良く見てみれば確かに反対方向に進んでいた気がする。
「泰、時に道に迷うことも必要だとおもうの」
「僕はもう道に迷いたくないです」
「そういえば、今更だが営業時間って何時なんだ?」
「営業時間は‥‥あった。何々、PM6時まで。今何時だっけ」
「5時45分ですね」
実は営業時間が迫っていたようだ。
「ここからだと、かなり微妙な時間だな。走ればなんとかなるか?急ぐぞ」
皆越先輩の言葉を合図に夕方の街を駆けだした。
偶然にも店は太陽が沈む方向にあったので青春している気分になった。青春がどんなのかは知らないけど。
やっとのことでたどり着いたケーキ屋は人気店にしては静かだった。否、人気店でなかったとしても静かすぎるくらいだ。
走ったせいでかいた汗を手で拭いながら中の様子を見てみると人影はなかった。
扉に手をかけてみるがどうやら鍵がしまっているようだ。
「あ……」
間の抜けた声を上げる皆越先輩。
「どうしたんですか?」
「言いにくいのだが、今日は定休日だったらしい……」
僕たちがケーキにたどり着くのは遠そうだった。




