214話 伝えたいことがあっちゃダメですか?
「これは……?」
僕に宛てられたフォルダーを見て、声をこぼす。
「ああ、君に対しての物だった」
物だったと過去形。
つまり先輩は中を見てしまったのかも知れない。
言わなければわからないことなのに、わざわざ言うのが先輩らしい。
彼女の良心が嘘をつくことが許せなかったのだろう。
そう思った僕は、彼女を責めたりなんかしなかった。
「開いても良いんですか?」
画面を見つめたままの先輩に尋ねる。
「嫌だと言ったら」
「先輩がそう言うなら諦めますよ。中身は気になりますが、先輩に嫌われたくないですから」
先輩は息をゆっくりと吸って、一気に吐く。
「泰君は優しいな……。私も覚悟を決めてきたんだ、そんなことは言わない。それに、これは兄さんが君に宛てたものなんだ。私が拒む権利もないよ……」
すまない。と小さくつぶやいた言葉は、聞こえないふりをした。
意地悪で返さなかった訳ではない。
僕が、許すと言っても何のメリットもないどころか逆効果だと思った為。
火傷のように熟れた肌を慰めるため撫でる人はいない。
僕ができるのはせいぜい理解しようとすること位だ。
「じゃあ、行きますよ」
タッチパットに指を滑らせて、ダブリクリックをする。
少しの間を置いて立ち上がった。
入っていたのはmp4ファイルと、ワードファイル。
動画と文章だろうか?
まず、上に来ていた「1.泰へ」のファイルを開く。
メディアプレイヤーが開き、映像が再生される。
「やっほー、元気してる?」
映ったのはまだ元気だった頃の鬼頭さんだった。
彼女が動いているのを見ると、涙が出そうになるがぐっと堪える。
「えへへ、なんか恥ずかしいな」
照れ笑いをした後、咳払いをして真剣な表情になる。
「君とはあったばっかりだから、何を話せば良いかわからないけど、とりあえず言いたいことを。ありがとう、泰君」
話し方に若干の距離を感じる。
推測するに、これは僕とあってすぐの時に撮ったものでは無いかと思った。
彼女との時間はそれほど長いわけでは無いが、ここまで他人と接するような仲ではなかったはず。
そう思いたい。
「もう過ぎた後だと思うけど、俺は迷惑をかけると思う。まあ、この歳でこんなことになってしまう不幸なやつに免じて許してやってくれ」
自分のことを他人のように語る彼女。
僕にはそれが少し強がっっているように見えた。
「あ、もしかして、俺が居なくなったことが悲しくて泣いてる?」
その言葉を聞くと、なぜかこらえていたものが溢れかえってしまう。
画面を見ていられないというより、もうぼやけていてうまく輪郭をつかめない。
「そうだ、泣け泣け。そしたら、だいぶ楽になる。ゆかりも小さい頃はいっぱいないてたぞ。今ではあんまりそんなとこ見れなくてちょっとつまんないけどな」
鬼頭さんは、まるで今僕を見ているかのような事を言う。
冷静でない思考回路では、まだどこかで生きてるんじゃないかと思ってしまうが、そんなドラマみたいなことがあるはずもない。
「やべ、もうすぐ看護師が見回りに来る時間だから、怒られちゃう。えっとな、言いたいことを完結にまとめると全て下のファイルに書いてあるからそれ呼んで。ぞんじゃ」
「鬼頭さーん、失礼しまーす。あ、また仕事してたんですか?全く体調も優れないのにこんなことやって」
「いやこれは違うって」
そんなやり取りの後、ビデオは終わった。
一旦皆越先輩の方を見れば、彼女は頷く。
それを見て、メディアプレイヤーを閉じて、下にあったファイルを開く。
ワードが起動して、文章が表示される。
[これ、本に出来なかったプロットだから、瑠璃に渡しといて。話は通してあるから。]
初めに書かれていたのは、瑠璃に宛てた物だった。
それに対して、複雑な気持ちになる。
文章はそれだけでは無く続いていた。
[自分に対してじゃなくてしょんぼりした?]
彼女を深く知っているわけではないけど、これは僕をからかって笑っているのが簡単に想像つく。
[君には、別に渡すものがあるんだ。ゆかりが持ってると思うからよろしく。これは君にしか、泰君にしか頼めないから]
それ以降にメッセージは残っていなかった。
あるのは、物語の設定や構成が記してあるプロットのみ。
僕が読み終わったのを察した皆越先輩は、机の上にスティック状の物を取り出す。
それはUSBメモリだった。
「これを渡すようにってな」
僕は手に取る。
「言っておくが、こっちは絶対に見るなと言われてたから何が入ってるのかはわからない」
そういうことなら、この場で見ないほうが良いだろう。
カバンの中にしまう。
「さあ、もう遅い。怒られる前に帰らないとな」
先輩はPCをシャットダウンしてカバンにしまうと立ち上がった。
「先輩っ」
チョコを渡していなかったことを思い出して、名前を呼んで引き止めた。
「どうした?」
「いいえ、なんでもないです」
「そうか」
何も知らない先輩は、先に部屋を出て行く。
結局、皆越先輩のために用意したチョコを使うことはなかった。




