200話 最後の一時じゃダメですか?
5階まで上がって、鬼頭さんの病室まで向かう。
目指すのは前行った病室ではない。
ナースステーションのすぐ裏手に並んだ病室。
緊張感が漂うその空間に僕たちは踏み入れる。
廊下に入ってすぐ、2つ目の病室に彼女の名前が書いてあった。
皆越先輩はドアノブを掴んだまま開かない。
彼女の手を見てみると、震えていた。
僕もその気持はわかる。
怖くて開けられないのだ。
僕ですらそうなのだから、皆越先輩にとっては相当なものなのだろう。
だからと言ってグズグズしていたら無駄な時間だけが過ぎてしまう。
僕は皆越先輩の手を無視して、強引に扉を開けた。
「…………」
皆越先輩は言葉を失っている。
それは僕の行動に対してが1つ。
もう1つは、その後鬼頭さんの変わり果てた姿を見てだろう。
病室に入って、彼女を見てみると前のような元気さはもうなかった。
人工呼吸器が繋がれ、他にもよくわからない計器か補助機なんかに繋がれていた。
鬼頭さんは僕たちの気配に気づきうっすらと目を開けるが、こちらの方に顔を向けることはできないみたいだった。
反応を示す、彼女の様子に皆越先輩は我に返って駆け寄る。
「兄さんっ!」
「……ぅ」
鬼頭さんも何かを返そうとしていたが、うめき声になって何を言っているのかはわからない。
でも、皆越先輩には分かったようで相槌を打っていた。
先輩が話している中、鬼頭さんに僕の名前が呼ばれた気がした。
今の状況なので気のせいだろうとは思ったのだが、僕も彼女の近くに歩み寄る。
しかしそれは気の所為ではなかったようで僕の顔を見ると、彼女は無理して僕に微笑みを向けてくれた。
僕はあの日のことを思い返す。
彼女をこんなふうにさせてしまったのは僕のせいだ。
その時、右頬に何かが当たる感触がした。
目を開けるとそれは鬼頭さんの手だった。
僕のいつの間にか流れていた涙を拭ってくれていた。
細く、白くて骨ばった手。
いかにも弱そうに震えている。
僕は彼女の手を支えるように取ると、ゆっくりと元の場所へと戻した。
触れた手は、冷たくてそれがもう長くないことを暗示ているようだった。
鬼頭さんが手を自分の胸元まで持っていく。
そして酸素マスク越しになにかつぶやいていた。
皆越先輩は必死に意味を理解しようとしていたが、わからないようだった。
しかし、僕にはわかる。
もんでくれたら治るかもな。と言いたいのだろう。
(こんな時まで……)
僕があまりにも情けない顔だったから、元気づけようと冗談を言ってくれたのだろう。
あの日のように。
僕は笑うことはできなかった。
おまけに視界が歪んできてよく見えない。
拭って鬼頭さんを見れば彼女は悲しそうな顔をしていた。
僕は無理やり笑顔を作る。
きっとぐちゃぐちゃでとても見れたものではなかったと思うが、そんなものでも嬉しかったのか鬼頭さんは笑ってくれたようだった。
その後は、皆越先輩となにか話していたようだったがすぐに眠ってしまった。




