196話 皆越と観覧車じゃダメですか?2
係員が観覧車の扉を締める。
カチャリとロックが掛かった音が聞こえた。
今を持ってゴンドラは完全な密室になった。
そんなふうに意識すると、息がつまり苦しくなる。
僕の反対の席には皆越先輩がいる。
隣に座ることなど僕にはできなかった。
この意気地なし……
先輩は、窓に肘をついて外を見ていた。
まだ乗ったばかりで、高さは数メートル程度。
まだ近くの建物が邪魔をしていて綺麗に全体を見ることはできてないだろう。
僕が、外出はなく先輩を見ていると彼女に気づかれてしまった。
「どうしたんだ、泰君」
先輩は白い息を吐きながら聞いてきた。
ゴンドラ内と言っても、薄っぺらいFRPで囲われているだけで中は寒いのだ。
「寒くないですか?」
僕は、彼女を心配していたという体で誤魔化す。
「そうだな、たしかに少し寒いかもしれない」
これなら、1度はしくじった先輩の隣に座れるかもしれない。
もし、そばに言って良いか聞いていたなら寄り添うことができただろう。
でも僕は、できなかった。
「これ着てください」
僕は羽織っていたコートを脱ぎ、それを渡す。
「泰君は大丈夫なのか?」
先輩は僕の心配をしてくれる。少しだけ体を震わせながら。
寒くないといえば嘘になるが、先輩が震えているより僕が我慢するほうがずっとマシだ。
「僕は大丈夫です。こう見えて意外と寒いの平気なんですよ。昨日なんて半袖で……クシュンっ」
僕は、うっかりくしゃみをしてしまった。
これだと、強がっているのがバレバレじゃないか。
カッコつけていた自分がかっこ悪い。
「ふふふ、ならこうしよう」
先輩は僕のコートを意外にも素直に受け取ると、立ち上がる。
しかし不安定な中、立ち上がったものだからバランスを崩してしった。
「きゃっ」
先輩は短く悲鳴をあげる。
「先輩!」
僕は慌てて、先輩を支えようとしてとっさに手を出す。
その手は、先輩の肩を抱きギリギリのところで支えることができた。
だが、今の状況はまずい……
皆越先輩は、当然倒れ込んできたのだから相当距離は近い。
何なら、僕の足と先輩の足はピッタリくっついているくらいだ。
そして、僕の手はさっきも言ったように先輩の肩にある。
構図としては……いいや、ここから先は想像に任せよう。
それはともかく、今重要なのはそこではない。
そこも確かに一大事というか事故ではあるのだが、今は気にしていられる状況ではないのだ。
なぜならば、すぐ目の前には皆越先輩の顔があるから。
僕が支える手を緩めたならば、そのまま唇が触れ合うかもしれない。
なんてことが頭をよぎるが、なけなしの理性を振り絞って耐える。
『・・・・・・』
見つめ合ったまま沈黙する僕たち。
心臓は壊れてしまいそうなほど回転している。
早くこの状況が終わってしまえと思うと共に、永遠にこの時が続いてほしいとも思う不思議な感覚。
「泰君……ちょっと」
先輩の声で熱暴走していた自分が元に戻る。
途端に場を冷静に判断でき、恥ずかしくなる。
特にさっき僕が考えていたことには。
「すみません……」
僕は先輩を1人で立てる角度まで起こしてあげた。
「こっちこそ、不注意ですまなかった……」
『・・・・・・』
え?なにこの沈黙。
めっちゃ気まずい。
ゴタゴタで先輩は結局僕にコートを帰している。
先輩寒いよな……
僕は立ち上がる。
今度は僕が向かいの席へ移動する。
先輩の隣に座って、2人でコートを羽織る。
当然コートというのは1人で使うことしか想定されていない。
2人で羽織れば、男物だとしても狭く、必然的に僕と先輩の方はピッタリとくっ付く形になるのだ。
さっきまで寒かったはずなのに、今はコートすら要らにほどに、暑い
先輩もさっきまでの震えは収まっていた。
近くで見る先輩の顔。
さっきの方が今よりも近いのだが。さっきはそんな余裕なんてあるわけがない。
先輩の鼻や耳が冷たい空気にさらされて赤くなっている。
そんなところを見ると、もう愛おしくてたまらなくなる。
「そんなに見られると恥ずかしんだが……」
先輩は、普段からは想像つかないような恥ずかしそうな声で言う。
それもまた僕の心を大きく揺さぶるのだ。
気持ちの高まりを示すように、ゴンドラももう少しで最高点へ到達する頃だ。




