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甘々な公爵と記憶喪失の花嫁

作者: 多田 ののの

 目が覚めると、隣にはとびっきりのイケメンが寝ていた。

 驚きのあまりじっとイケメンさんを見つめていると、視線に気づいたのか彼は目を覚まし、私の頭を愛おしそうに撫でた。


「おはよう、アリア」

「……あなた、誰ですか?」


 率直に疑問を口にすると、イケメンさんは目を見開いて、


「寝ぼけてるのかい? アリア、僕だよ、ヘンティルだよ」

「ヘンティル……? というか、アリアって誰です?」


 私が本気で言っているのが分かったのだろう。イケメンさんは、慌てて人を呼びに行った。




 私の名前はアリアというらしい。まさに昨日イケメンさんことヘンティル様と結婚をし、今はこの公爵家で暮らしているのだとか。


 しかし私には、全く記憶がなかった。

 ヘンティル様のことも、お屋敷の使用人さんのことも、自分の両親の顔すら、何も覚えていなかったのだ。


「ごめんなさい、私。何も覚えてなくて。迷惑でしょうから、思い出すまでこの家を――」

「出て行くなんて言わないくれよ。僕のことを覚えていなくてもアリアはアリアだ。僕はアリアのことを愛してるよ」


 情熱的な愛の言葉に、頰が赤くなるのを感じる。

 私に記憶がないと理解しているのだろうか。そんな甘い言葉を言われては、聴き慣れていない耳が火傷してしまう。


「それにしても、どうして突然奥様の記憶がなくなってしまったのでしょう?」

「うーん、ゆうべ寝る前に頭を強く打ってしまっていたから、それが原因かも……」


 侍女とヘンティル様が話をしている。言われてみれば後頭部にたんこぶができている。なるほど、これが原因なのか。


「よし、決めた」


 私が一人後頭部を撫でていると、ヘンティル様が私に向かって言った。



「アリア。僕と――デートしよう」




 それは、デートという名の思い出の場所めぐりだった。

 私と二人でよく行ったという歌劇場や湖、塔などを巡るというものだ。

 休憩しようか、と連れてこられたのはおしゃれなカフェ。ヘンティル様は店長さんと親しげに話をすると、「いつもの」と注文をしていた。


「『いつもの』とはなんでしょうか?」

「なんだと思う?」


 質問返しをされてしまった。私は少し考える。


「コーヒー?」

「ふふ、そうだね。コーヒーと、チーズケーキだよ。君はここのチーズケーキが大好きで、毎回頼んでたんだ。ちなみに僕はいつもおまかせを頼んでる」

「……そうでしたか」


 そう言われても、やはり全く思い出せなかった。わざわざ私の記憶を戻すために時間を作ってもらっているのに、思い出せないことが歯痒い。


「そんな顔しないで。あ、ほら、もう来たみたいだ。ケーキを食べて元気出してよ」


 ヘンティル様の言葉通り、私の前にはチーズケーキとコーヒーが、ヘンティル様の前にはシブーストとコーヒーが置かれる。


「いただきます」


 私はチーズケーキを一口食べる。


「美味しいです!」

「そっか。それは良かった」

「口の中でとろけてしまう食感が堪りません! それにほどよい甘さがコーヒーとの相性抜群で、もうほっぺたが落ちちゃいますっ!」

「……うん」


 はっ。私がいきなり食レポを始めたので、ヘンティル様が引いてる!?


「す、すみません。美味しくてつい」

「ああ、いや、いいんだよ。ただアリアが初めて食べた時とあまりに同じ反応をするものだから、驚いてしまってね」

「そうだったんですか?」

「うん。その時もほっぺたが落ちちゃう! って言ってたよ」

「ええっ!?」


 無自覚とはいえ同じリアクションをしてしまうとは。しかも同じ人の前で。恥ずかしい……。


「い、今のはなかったことに……」

「できないよ。アリアは本当に可愛いね」


 ヘンティル様は穏やかに微笑んで私を褒めた。もう、どうして甘い言葉が流暢に話せるの?


「あ、ありがとう……ございます……」

「照れる仕草も愛らしいなあ」

「……あ、う」


 褒め殺しにする気だろうか? 毎度毎度言われては私の身がもたない。私はコーヒーを飲んで何も言わないことに徹する。


「アリア。僕のもお食べ」


 私がケーキを完食すると、ヘンティル様は自分のケーキを差し出した。


「い、いえ。頂けません」

「僕は甘いものは少しだけで十分なんだ。だから食べて?」

「そ、それなら……」


 私がお皿を受け取ろうとすると、なぜかひょいとかわされてしまう。


「?」

「違うよ。ほら、あーん」

「なっ」


 平然とフォークを揺らすヘンティル様に、戸惑いを隠せない私。

 なんとか異議を唱えようと口をパクパクするものの、ヘンティル様は笑顔のまま動かない。


 もう、もう。私は覚悟を決めて、フォークにかじりつく。


「…………甘いです」

「そう。よく出来ました」


 ニッコリ微笑むヘンティル様。色々と甘過ぎる。


「じゃあご褒美に残りは全部あげよう」

「えっ」


 そう言うと、ヘンティル様は自分のお皿と空になった私のお皿を交換した。

 ……最初から、全部あげる気だったんじゃないですか。


「拗ねる顔も「ありがとうございますっ!」」


 これ以上何か言われる前に、私はシブーストを口に入れるのだった。




「まだ行くんですか?」

「ごめんね。もう一ヶ所だけ」


 日が暮れかけているというのに、ヘンティル様は馬車を走らせていた。

 あれだけ思い出の場所を見ても記憶が戻らなかったのだから、無駄足になっちゃうと思うけど……。


「ここだよ」

「……教会?」


 目的地は教会だった。もしかして、最後は神頼み?


「ここは、昨日僕たちが結婚式を挙げた場所なんだ」

「……!」


 ヘンティル様の後に続き、私は教会の中に入る。

 礼拝の時間ではないからか、参拝者は誰もいない。ヘンティル様が顔なじみらしき牧師様と会話していたので、私は教会の内装をじっくりと見る。

 ステンドグラスにパイプオルガン、数百人は座れそうなたくさんの椅子。

 こんなに立派なところで、私結婚式をしたんだ――


「――じゃあアリア。こっちへおいで」

「え?」


 ヘンティル様に手招きされ、私はヘンティル様のとなり、牧師様の正面に立つ。

 あ、この立ち方ってまるで……。


「ヘンティル、さま?」

「アリアが僕に遠慮しているようだから、神に誓っておこうと思って」


 ヘンティル様はそう言って微笑むと、牧師様に目配せしてから話し始めた。


「僕、ヘンティルは、健やかなる時も病める時も、たとえ記憶を失ったとしても、アリアのことを愛し、支え、幸せにすることを誓います」


「……っ」


 どうして、この人はこんなに優しいんだろう。

 そんなに甘い言葉を言われたら、好きになってしまう。

 ううん、そうじゃない。


「じゃあ、あの、指輪……」

「……?」


 私は左手の薬指にはめたままの結婚指輪を見せる。


「はめ直して……?」

「……もちろん」


 私、ずっと前からこの人のことを――。




 そして帰宅し、夜。


「本当は僕と一緒の寝室なんだけど、客間を用意させたから、そっちを使ってね」


 と、ヘンティル様が優しく告げた。


「はい……」

「……じゃあ、おやすみ」


 私の頭を軽く撫でると、ヘンティル様は寝室へと入ってしまう。


「あっ、待って……!」


 私は咄嗟に服の裾を掴み、引き止める。


「……どうしたの?」


 不思議そうな顔をするヘンティル様。ど、どうしよう。思わず引き止めちゃった。とにかく何か言わなきゃ。


「あ、あの……一緒に寝たい、です……」


 離れたくない。

 それが私の正直な気持ちだった。

 私の積極的な言葉を聞き、ヘンティル様は驚いたように目を丸くして、


「……僕は大歓迎……だけど、そんなに可愛いことを言われたら、ただ寝るだけで抑えられそうにないというか……。本当にいいのかい?」


 と優しく問いかけた。私は頷く。


「は、はい。私、記憶は無いですけど……体が、ヘンティル様のことを好きだって覚えてます。それに、わ、私も……好き、なのでっ」


 言った! ど、どうかな? 記憶を失ってから告白されるなんて、嫌だったかな?


「それとも、ヘンティル様は……私じゃ、ダメですか……?」

「……ッ!」


 ギュッと抱きしめられる。


「ダメなわけない! ……愛してるよ、アリア」

「……ん」


 顔が近付いてきて、そっと口づけをされる。


「……じゃ、部屋入ろうか」

「……はい」


 赤面しつつも、私はヘンティル様と寝室に足を踏み入れた。




「あっ、ヘンティルさまっ」

「おっと、危ない」


 私が身をよじると、ヘンティル様が体を支えてくれる。


「そそっかしいんだから。気をつけないと、()()()()()()落ちちゃうよ?」


「は、はい……。すみませ……」


 その時、私は全てを思い出した。



 昨日。私は浮かれていた。

 大好きな人と結婚式を挙げ、初夜を迎える。私にとって、これほど嬉しいことはなかった。

 その結果――私は、張り切りすぎてしまったのだ。

 具体的に言うと、「私も気持ちよくさせたい」と言って起き上がろうとしたらベッドから落ちた。全裸で。

 彼は優しいから私のことを心配してくれていたけど、私はそれどころじゃなかった。

 恥ずかしい。穴があったら入りたい。いや、できればこの記憶を抹消したい!


 そして翌朝――目が覚めると、私は綺麗さっぱり忘れていた。

 生まれてからのすべての記憶を含めて。



「…………っ!」


 私はうつ伏せになり、悶絶する。

 わ、私アホすぎる……! まさか本当に記憶喪失になる!? しかも一晩どころか全部の記憶を失くすなんて! これこそなかったことにしたい出来事だよ!


「どうしたの、アリア? もしかしてどこか悪いの?」


 いきなり突っ伏した私の背中を、心配そうにさすってくれる。その優しさが今は辛い。


「お、思い出しました…………ハリー……」


 私がちらりと顔を上げそう言うと、ハリーはしばらく状況が飲み込めなかったようだったが、徐々に意味を理解したようで、


「アリア!」


 と私に抱きついてきた。


「あ、あの私、とんだご迷惑を……」

「気にしないで! よかった、記憶が戻って。でもどうして急に記憶が戻ったんだい?」


 嬉しそうに私の首筋にキスをするハリーに、先程の恥ずかしい記憶がフラッシュバックする。

 裸でベッドから落ちたのが恥ずかしすぎて全てを忘れ、ハリーの何気ない一言がきっかけで思い出しました……なんて。


「もう一度記憶を失ってきます……」

「どうして!?」


 そんなことを言うくらいなら、落ちた方がましだ。

 再び落ちようとした私だが、ハリーに強く体を抱きしめられたためそれは叶わなかった。




「ねえ、アリア」

「……なんですか?」

「愛してるよ」


 耳元で甘い言葉を囁かれる。くすぐったい。


「……私も、愛してます」


 私は甘い言葉を囁き返すと、そのままハリーに抱きついた。

なぜヘンティルがハリーになるのかは深く考えないでください。

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