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雲雀ヶ崎さんのやんごとない日々

作者: 若津透

冬の厳しい寒さも過ぎ去り、柔らかく暖かな陽射しの降り注ぐ春。

先月半ば頃から咲き誇っていたソメイヨシノはその見事な花の中にちらほら緑色を見せ始め、遅咲きの八重桜が見頃となりつつある四月上旬。


出会いと別れの季節の中でも格別に胸躍らせる“出会い”を予感させる行事が、日本中のあちこちで執り行われていた。


都立小羽戸(こばと)高校でも例に漏れずこの日、第百一回目の入学式が行われた。

近辺の高校の中でもなかなかの進学校として知られるこの高校への入試試験を勝ち抜き、憧れの制服に身を包んだ新入生の姿は大変微笑ましい。


始まりの日に相応しい雲一つない青空と、創立百周年記念として昨年建て替えられた真新しい校舎。

ここにいる誰もが皆これから始まる三年間の高校生活に想いを馳せ、桜並木の奥に構える校門をくぐる。

中学時代からの友人と共に写真撮影をする者、忘れ物がないか頻りにカバンの中をごそごそと確認する者、そして感極まって泣きだした御付きの者に困ったようにハンカチを差し出す者。小さな違いはあるものの、新生活を前にした清々しい想いは皆そう違わない。



「……お嬢様、本当によくお似合いです。こんなにご立派になられて、唐沢は幸せ者にございます。あぁ、旦那様にもお見せしとうございました」



ロマンスグレーの頭髪を後ろに撫で付けた品のいい壮年の男性がそう言って鼻をすすると、お嬢様と呼ばれた少女が差し出したハンカチを持ったまま自身の目も潤ませた。



「やだ、泣かないで唐沢。ここまでわたくしを育ててくれた貴方が来てくれただけでもう充分だもの。お父様には後でお写真を供えておきましょう?」



まるで当主の死後お互いに支え合って生きてきた麗しい主従のようなやりとりだが、どこにでもある公立高校の入学式の直前の光景としては少し場違いな会話。



「畏まりました。この唐沢、この身に代えても麗様のご勇姿をおさめてご覧に入れます」



「また無理な体勢をして腰を痛めたりしないでね。では、行って参ります」



ただの入学式にはこれまた不似合いなゴツすぎる一眼レフカメラを構えた老齢の執事にそう笑いかけ、新入生の列へと向かった彼女の名は雲雀ヶ崎(ひばりがさき)(うらら)


世界を股にかける大企業を複数所有する雲雀ヶ崎コンツェルンのご令嬢。


ちなみにいうと彼女の父は普通に存命している。今朝も可愛い娘の晴れ舞台に仕事が入った事実に血涙を流す勢いではあったが、至って健康体。

麗は最近そんな父の愛がちょっと重い。



大丈夫。きちんと誠意を持ってお話しすれば、素敵なお友達だってすぐに出来るわ。今朝だって変に目立ったりしないように、送迎の車をリムジンからロールスロイスに替えてもらったもの。準備は完璧よ



自分を奮い立たせるように拳を握りしめた彼女は、自身のクラスである一年三組の列を見つけると、周りと同じように出席番号順に並んだ。





これは、蝶よ花よと育てられ、世間知らず界では他の追随を許さないご令嬢である雲雀ヶ崎麗が、少しズレた常識と、大幅にズレた金銭感覚を駆使しながらも、どこにでもある普通の公立高校での学校生活を謳歌する、ちょっと変わった学園コメディ。


果たして箱入りブルジョワ系女子麗は、庶民生活に馴染むことができるのか。



「……ところで、生徒入場用のレッドカーペットはいつ敷かれるのかしら?」



小首を傾げてそんなことを考えている麗には、ちょっと厳しい気がする。そんなお話し。

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