言葉でしか伝えられない
「好き、大好き。」
会えば抱きついて
耳元に唇を寄せて
囁くように、繰り返す。
いつもの、言葉
もう、挨拶みたいになってしまっているのか
この気持ちを伝えたい貴方は。
ため息と共に、読書の邪魔だからと、私の身体を引き離す。
そして、私に視線をひとつ寄越してまた、本に夢中になる。
邪魔だと言ってるけど
私をここから追い出さない。
読書の途中なのに、一瞬でも視線を私に寄越してくれる。
そんな貴方が大好き。
ここは乙女ゲームの世界で。
貴方は攻略対象者。
私は名前すら出てこないただのモブ。
あ、告白シーンに少し出てきてたかしら?
「親が決めた婚約者がいますが、そんなものは関係ありません」とか、言われてたかも?
…悲しい言葉。
この世界には年頃の男女が通う学園が2種類あって
魔力がない貴族が通う学園と
魔力さえあれば平民でも通える魔法学園がある。
勿論、乙女ゲームの舞台は魔法学園
そして、私が通っているのは…貴族の学園。
そう、モブの私は舞台に立てないの。
魔力が無いから、立つ資格すらない。
婚約者なのに、貴方とヒロインがハッピーエンドを迎えるのを邪魔する悪役令嬢にもなれないなんて、悲しいわよね。
ねえ?ヒロインに会いました?
金色の髪で翠の瞳の可愛い娘でしょう?
ふふ、「天使みたい」って、そのうち貴方は言うのですよ。
…もう、心は奪われてますか?
聞きたいことはいっぱいある。
伝えたいことはいっぱいある。
でも、私はバカで。
どうやって、頭の良い貴方に説明していいのかわからなくて。
いつも同じ言葉しか出てこない。
「…好き。」
自然と溢れるように出てきた言葉は、今度は貴方には届かなかったみたいだけど。
本が痛まないように、閉じられた空間で。
貴方と2人、こうして時間を共有することが出来るのは。
あと、どれくらいなのでしょうか。
私には拙い言葉でしか、この気持ちを伝えることが出来ない。
逆効果になるかもしれないけど。
少しでも、貴方のそばに居られるように。
何度でも繰り返す。
「大好き。」
※※※
最近、学園で平民には珍しい金色の髪の女が、やたらと自分の周りをうろついてる。
まあ、対象は私だけでは無いようだが。
ただでさえ目障りなのに、空気も読めないのか、私の大切な読書の時間を邪魔しようとする。
ほぼ聞き流しているのだが、先日本を読み終わった瞬間に言われた言葉だけは、覚えている。
「本当は本を読むのは好きじゃないのでは無いですか?人と接するのを避けて本に逃げてるとか?それではダメです。私と会話を楽しみませんか?」
確かに人と接するのは苦手だ。
本を読んでいれば周りが気を使って話しかけてこないので、口実に使うこともあるが。
ほぼ初対面の女に言われることでは無いし、私はこの、読書の時間が好きだと断言出来る。
—特に、婚約者の彼女といるあの空間と時間が。
「…目障りです。金輪際、二度と私の前に現れないで頂きたい。」
両親に婚約者だと紹介されてから、幾度となく面会をしている彼女。
魔力を持たない彼女は今年、一般的な貴族が通う学園へ入学した。
本人は平凡だと言っているが、とても愛らしい顔立ちに、甘く柔らかな癒される声、そして何より素直で優しい性格のため、既に学園の子息たちに人気があるらしい。
まさか私以外にも、スキンシップ過多になっていませんよね?
そんな彼女は、今日も私に愛を囁く。
彼女に視線を送れば、優しく微笑みながら私を見つめてくれている。
気の利いた言葉も返せない私はそのまま、読みかけの本へと視線を戻す。
ゆっくりと流れる穏やかな時間。
…?
微かに聞こえる彼女の言葉。
はっきりとは聞こえないが
おそらく、いつもの、言葉。
彼女が囁いてくれる、愛の、言葉。
だけど、その言葉を紡ぐ声は。
細く掠れていて。
不安が込められている感じが、した。
私はとても不器用で。
それを優しく聞き出す術は持っていなくて。
真っ直ぐに伝えてくれる彼女と違い、逆に言葉で傷をつける事になってしまうかもと思うと、何も紡げなくなってしまう。
だから。
言葉で伝えられないから。
本を閉じて。
そばに行って、頭を撫でてあげたら。
少しは、届くだろうか?