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プチプリンセスの恋  作者: 花見さくら
夏菜の明姫教育
9/29

 次の日、いつのまにか、朝が来ていた。今日は、雨が降っていて、あまり明るくない上に、じめじめしていた。

(アドルフに会わないようにしなくちゃ)

 そう思って歩いていたら。

「夏菜ちゃ~ん」

 アドルフが、喜んで近づいてくる。

「何ですか!」

「何で怒っているの?」

「あなたが、阿呆だからよ」

「え?」

(そうよ、なんで思いつかなかったんだろう、阿呆は、放って置いても治らないのでしたわ、教育しなければ)

「アドルフさん、時間は、あるかしら?」

「もちろんあるよ」

「あなたと勉強会を開こうと思うのです」

「なんだ、逢引きの誘いじゃないのか、まあいいや、二人で勉強会するのも、ある意味楽しそうだね」

「ええ、びしっ、びしっ、しつけるから覚悟してください」

「?」

 アドルフは、不思議そうな顔をしてこちらを見ている。きっと自分が阿呆なことに気が付いていないのだと夏菜は思い、憐れむような目で見ていた。

「夏菜~」

「明姫、昨晩は大丈夫でしたか?」

「ええ、輝助様は、良い方でしたよ」

「そう」

 夏菜は明姫が嫌な思いをしていないか、少し不安だったので、安心して、少し肩の荷が下りた。

「夏菜、新しい侍女が入るから、その人達の面倒を見てくれないかしら?」

「ええ、良いですよ」

「じゃあ、明後日からよろしくね」

「はい」

 夏菜は侍女頭と成るのだから、しっかりしなくては、と気を引き締めた。

(絶対、明姫の素晴らしさをわかってもらうのですわ)

 張り切ってそう思った。


    〇 ◎ 〇


 そして、アドルフの部屋に行った。アドルフの部屋は、一応城主の子供なので、立派であった。畳は緑色で、花と掛け軸が飾ってある十畳間だ。

「座っていいよ、夏菜ちゃん」

 アドルフは、ニコニコしてそう言った。どうやら、歓迎しているようだ。テーブルの近くに座布団を敷き、座る様に促された。

 仕方がなく座ると、座布団は、ポンポン反発する位、良い物が使われている様だった。

「うれしいな、夏菜ちゃんが俺の部屋に来てくれているなんて」

「えっ、あっ、その、変な意味は無いのですよ」

「未婚女性が、男の部屋に一人で遊びに来ることに意味がないと……」

「ええ」

 夏菜は食い下がらなかった。何としても、明姫の素晴らしさを伝える。そのためにいるのだと、強く思っていたからだ。

 じーっと夏菜を見つめる、アドルフ。

「わかったよ、君には、僕の相手をする気が無いんだね」

「相手ですって?」

「逢引きするってこと」

「あ、逢引きですって、私は、他国の姫の侍女ですよ」

「だから、逢引き、その気があるのかと思っていたのに」

「からかわないで下さい」

 アドルフは、実に愉快そうに笑っている。だが、夏菜にしてみれば、城主の次男なのだから、明姫と仲良くして欲しいと思っただけのことで、特に逢引きするつもりは無かったのだ。

「でも、男女が同じ部屋で二人きり、少しは、いい雰囲気になるといいんだけどね~」

「だから、逢引きではありません」

 アドルフは、夏菜の反応を一々楽しんでいる様だった。

(こういう方、苦手ですわ……)

 夏菜は、軽い男が苦手だ。なぜなら、誠実そうに見えないからだ。

(やはり、誠実な方が好みですわ)

 夏菜はそう思い、心を律した。

「私は、明姫の良い所を教えに来たのです」

「へ~」

 アドルフは、遠い目をした。たぶん、聞きたくないか、面倒なのだろう。

「明姫は、とっても優しいのです。私が、自分で疲れている事に気付けなくなる位働いていた時、こっそり、休暇をくれたのです。忙しい時期にですよ、いい人ですよね?」

「明姫の事は当然の対応だとしても、夏菜ちゃん、働き過ぎは良くないよ、しっかり休むんだよ」

「なんで、そう言う話になるんですか、明姫の話をしているのですよ」

「明姫は、当たり前のことをしただけだよ、部下を使えなくなるまで働かせるのは、得策じゃないからね」

「そうですか、では、次の話をしましょう」

 アドルフは、すこしだけ、話に興味を持ってくれたようで、目はもう死んでいなかった。

「明姫は、街に出かけると必ずプレゼントを買ってくださいます。たまに高価な物を下さる時もあったのですよ」

「それは、明姫の顔を立てるための行動だな、城内で、良いうわさが流れると、明姫には、得だからね」

「……」

 アドルフは、何を言っても明姫を認める気が無いのだと思い、少し苛立った。だが、ここであきらめたら、何の意味もなくなると思い、続けることにした。

「明姫は、私を喜ばせようと思って買って来てくれたのかもしれないじゃないですか、何で、明姫が、私を利用しているみたいな言い方をするのですか?」

「利用ね~、されているかもね」

「えっ?」

 ――明姫が、私を利用している。

(そんなわけないわ、私と明姫は親友なのよ!)

 心でそう思うが、妙な点があったのは事実だ。

(違うよね、明姫……)

「あ、明姫の良い所は、やっぱり、美人な所でしょうね」

「まだいうかな~、上辺だけの美人に何でそんなに懸想するの?」

「明姫は、内面も美しいですよ」

 夏菜は不安を隠すために、イライラしているようにそう言った。

「女としての、作法、お琴、舞、何をさせても優雅で上手、とても絵になる素晴らしいお方です」

「宴の時弾いていた、夏菜ちゃんのお琴も上手だったよ。俺は、あの位弾ければうまいと思うけど、どうなのかな?」

「私の琴など比べ物にならないくらいうまかったでしょう。宴の時、披露していたじゃないですか? 忘れなさったの?」

「あんまり印象的ではなかったから、よく覚えていないけど、癖のない演奏で、個性が感じられなかった。俺は、夏菜ちゃんの元気あふれる曲の方が好きだよ」

「あなた、ずれ過ぎですよ、私のは、個性じゃなくて、下手なのよ」

「そうかな~?」

 アドルフは、ニコニコして、夏菜の方を見る。

(この人は、もう……)

 明姫の素晴らしさを教えるどころか、アドルフが、夏菜を褒めちぎっているようにしか聞こえないのだ。

(こんなはずじゃ……)

 少し考えた。人情話でもしたら、聞くかもしれない。

「明姫は、戦いで行き場を失った子供に、『私の所へおいで、もう心配いらないよ』と優しく声をかけなさる、その姿は、天使の様でした。その後もその子達に会いに行って、優しく声をかけなさる明姫は、本物の天使でしたわ」

「夏菜ちゃん、戦いで行き場を失う原因は、明姫の城が起こした事でしょう、相手に恨まれ続けないようにするために、そう言う事をする人って、時々いるよ」

「いいえ、明姫は、優しい方だからしただけです」

 アドルフは、本当に明姫を悪い人と、決めつけている様だった。

(こんな物じゃだめか……)

「こんな話はどうかしら? えっと、前に、切腹するように言われた武士のやったことは、切腹と言うほど重い事ではないことが判明したの。それを明姫が伝えて、一人の男の命が救われたのです」

「それは、城側の不手際でしょ、明姫が言わなかったら、城側が冤罪で人を殺したと訴えられる、それを考えたら、明姫じゃなくても、教えに行くよ、城側の人間なら」

「そ、そう」

 夏菜は、だんだん、面白くなくなってきた。

(アドルフは、明姫の何を知っていて、こんなことを言うの?)

 アドルフは、まるで、明姫は、城と自分の事しか考えていない、強かな姫のように言っている。でも、明姫は、いつも不安で、怖いと泣き付く可愛らしい人だ。

(アドルフは、そう言うところを見ていないものね)

「アドルフ、明姫は、本当はよく泣く方で、私の前では、とてもかわいらしいお姫様なのよ、信じて」

「まあ、夏菜ちゃんがそう言うのなら、信じようかな? でも、あの蝋人形のような姫が泣くのか……」

「そうです。よく泣くんですよ」

 夏菜は、やっと明姫の事を見てくれそうになったアドルフに安心した。

「でも、俺が、明姫を好きになったらどうする?」

「それは、困ります。でも、好きになった時は、仕方がありません、遠くから見守って下さい。あの、明姫じゃ、好きに成らない方が大変ですよね」

 夏菜が、割と真剣な顔つきでそう言うので、アドルフは慌てて。

「冗談だよ、夏菜ちゃん、それに、俺はたぶん、明姫の事は、好きに成れないと思うよ」

「?」

 夏菜は、不思議そうな顔でアドルフを見ていた。

「彼女は、俺が嫌いだろ」

「そんな、明姫は、誰にでも優しいです」

「そうかな?」

 夏菜は、宴の席で、明姫の口から出た。『浅ましい』と言う言葉と『気持ち悪い』と言う言葉が、頭の中で響いた。

(浅ましいだって、気持ち悪いだって……)

「思い出した? 彼女そんなにいい人じゃないよ」

「そんなことないです」

「じゃあ、浅ましいってほめ言葉?」

「……」

(聞いていたんだ)

 アドルフが、頑なに明姫をいい人と認めないのは、そのせいだと気づき、急に、申し訳なくなった。

「それとも、君も浅ましいに賛成なのかな?」

「いいえ、私は、いつも明姫が正しいと思って来ました。だけど、あなたは、浅ましくなんてないと思います」

 アドルフは、恥ずかしそうに笑って。

「なんか、うれしいな」

 頬を掻いている。

「わ、私は、正しいと思った事を口に出して言っただけですよ、あなただから言ったとか、思いあがらないでください」

「はいはい」

 アドルフは、うれしそうに返事した。

(この人のペースにはめられているみたいで嫌だわ)

「でも、私は、明姫が好きですよ、それだけは、変わらないと思います」

「うん、別にいいよ」

 アドルフは、何事もなかったかのように冷静な顔でそう言った。

「さすがの明姫だって、自分について来てくれた侍女に嫌われるのは、嫌だろうからね、そうでしょう?」

「え、ええ」

 夏菜は、アドルフが大人っぽく見えて、恥ずかしくなった。

(私は、「浅ましい」と言った明姫の肩を持つと言っているのに、怒ったりしないのね、アドルフって、何だか、私より、大分大きい器の持ち主なのかもしれないわ)

 そう考えて、ボーとしていたら、アドルフは、ニヤニヤ笑ってこちらを見ていた。

「なんですか?」

「さっきから、百面相していて、かわいいなと思って」

「からかわないでください!」

 ぷいっと顔を逸らした。

(この人のかわいいは、聞き流そう)

「あのね、明姫の事なんだけど、鳥を商人にもらった時、逃がそうとして、母親に怒られたらしいわ」

「彼女も、子供っぽい所があるんだね」

「だって、十一才の時の話ですもの」

「なるほど、そんな小さなときから一緒なのか」

「私、明姫が大好きです。優しくて、きれいで、優雅で、本当に素敵ですわ」

「そうか」

 アドルフは、ただ微笑むだけだった。

「ねえねえ、夏菜ちゃん、もっと明姫の話してほしいな、君の顔がとても輝くから、見ていて楽しい」

「いいですよ」

「でも、今日は、これでおしまい、明日、街で、明姫の話をしながら遊ぼうよ、いいでしょう、逢引きじゃなくて、勉強会だもの」

「……」

(それって、逢引き? ううん、勉強会なのだから逢引きじゃないわ)

「わかった。明日行きましょう」

「うん」

 アドルフは満足したようだ。満面笑みを向けてくる。

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